第29話
Ⅱ【旅】〔輪廻〕p29
女郎仲間の一人にお雪と同じ東北出身で、五歳年上のお
お雪がそうであるように、お梗も雪国独特の色白でキメの細かい美しい肌を持った寡黙な女性だった。
お梗はお雪の様子を冷静に見つめており、直接世話をやいたりはしないまでも、お雪の苦しみに深く同情していた。
そんなお梗がある日、儀衛門は幕府に対する不穏な動きを企んだ
噂の真実性を確認するため、それとなくあちこちで探りを入れてみると、やはり疑いの無い事実のようだった。
どんな惨い拷問を受けてもしっかり握って放さなかった物があったと言う。
それは
お梗はそれがお雪のものであることを知っていた。
流石に普段冷静なお梗も、一人号泣した。
お梗は全てを隠さずお雪に話した。
お雪は流す涙さえ既に枯れており、その精神には真実を受け入れる隙間さえ残されていなかった。
儀衛門と別れて二年が過ぎようとしていた夏。
お雪は髪も着物の襟も乱れに乱れたまま、儀衛門の手拭いだけはしっかり握ってフラフラと外へ出た。
今や店にとっては疎ましいだけのお雪を止める者など居よう筈も無く、むしろホッとする気配が流れる中、お梗だけが不安げに見送っていた。
お雪は既に周囲の異様な視線も感じること無く、自分だけの世界で生きていた。
幼い頃東北の自然を懐に駆け回って遊んだことや、儀衛門との出会い、そして契り……幸せだった記憶がお雪を支配し一人フッと笑うこともあった。
そんな時それを見ている者は気味悪がったけれど、お雪にはその反応さえ別世界のものだった。
幸せと言えば幸せだったのかもしれない。
お雪は歩いて歩いて歩いた。
桃色に染まった素足が痛々しかった。
青い月だけが悲しげに付き添っていた。
河と言うには小さく、小川と言うには大きめの川に出会った。
川縁に近づくと、月がくっきりと映ってゆらゆら笑っている。
「お月さん…………」
お雪はじっと見つめていた。
暫くすると月は儀衛門の顔に変わってきた。
青白いけれど、にこにこ微笑んでいる。
懐かしい儀衛門の笑顔…………
「儀衛門様…………」
お雪には、水の流れが儀衛門の手招きに見えた。
「お懐かしゅうございます…………
ただ今そちらへ参ります」
お雪は静かにお辞儀をして、川の中へ入っていった。
今や儀衛門の全身がそこに有った。
ぼろぼろ涙を流しながらお雪は、儀衛門に抱かれるように水の上に寝そべった。
儀衛門はその逞しい腕でお雪を抱き締めると、鼈甲の簪をさしてやった。
お雪は貰った手拭いを儀衛門の左胸にある星形アザに乗せ、頬を寄せて微笑んだ。
二人は抱き合ったまま流れていった。
その川は流れの速い大河へと繋がっており、いずれその先は海へと続いていく。
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私は、お雪が川を流されながら見たのと同じ星を見ながら宇宙の川を漂った。
二人が流れた川は、お雪と儀衛門が流した涙の川だったのかもしれない…………
或いは、儀衛門がお雪を迎えに来た三途の川だったのかもしれない…………
私は儀衛門の魂も覗いてみた。
儀衛門はまだ二十歳だった。
生まれながらに鋭い洞察力を持ち、日本の動向には先見の明を持っていたが、少しだけ生まれるのが早かったのだ。
時の将軍暗殺を計画し実行したが、未遂に終わり抹殺されてしまった。
後100年遅く生まれていたら、同志にも出会えただろうに。
でもその後日本が開かれていった軌跡を思えば、儀衛門の死が無駄死ではなかったと言える。
それだけが救いだ。
挿し絵です
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