第23話
Ⅰ【今はさよなら】p23
「もう研治も理解できる年齢だから思い切って話すけど、お父さんとお母さんは既に離婚してるの。
研治とリサと私も本当は今お父さんが住んでいる家で一緒に暮らしていたのよ。
菫さんは、お母さんの親友だった人で、昔からよく家へ遊びに来ていたんだけど、リサが生まれると、子供達と私の様子を見るためという口実で頻繁に来るようになって、そのうち寝泊まりするようになったと思ったら、仕事へも私達の家から通うようになってね……
結局お父さんと家で密会していたの。
リサがお腹に居る間に、お父さんと愛し合うようになっていたらしい。
2歳のお前と乳飲み子のリサを抱えて余裕が無かったとは言え、半年も気づかなかった私がバカだったわ。
気づいた時には、もう私の居場所が無くなりかけてたの。
いたたまれなくなって私はお前とリサを連れて家を出たわ」
その後ここまで来るのにどれだけ苦労したかオフクロは一切言わなかったが、想像するだけで悔し涙が溢れた。
リサを失ったことがオフクロに与えた打撃の大きさも、考えると気が狂いそうだ。
益々俺の不甲斐無さを実感した。
オフクロは冷静だった。
涙も総て出し切ったという感じで、物凄く小さく見えた。
俺は心に誓った。
絶対俺がオフクロを幸せにすると。
それにしても俺の左胸の丁度心臓当たりに有る、拳大で黒い星形の
始めは殆ど分からないくらい薄いものだったけれど、近頃目立つようになってきた。
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……調子の悪い洗濯機が、洗濯槽を周囲に思いっきりぶつけながらガタガタと物凄い音をたてて止まるように、大きな力が体の無い魂だけの私を揺さぶりながら漆黒の宇宙へと引き戻した。
真実を掴んだという実感とともに、大きな興奮が私を包む。
私と同じ星形の痣が研治さんの胸に…………
運命の印…………
幼い頃から気になっていたあの痣は、私の場合うっすらと赤かった。
上気するとピンクに染まって花弁のように見えた。
なんとなく恥ずかしくて他人には見られないようにしていたから、私と亡くなった母親、そして親父しか知らない。
緊張や動揺や怒りが治まらない時、そっと触れると不思議なくらい落ち着いて、そうすることが癖になったものだ。
研治さんにも有るあのアザが、私達を結ぶ印であることを今はっきり分かる。
大きな力がそう教えてくれている。
見ると再び彼方の黒い空間いっぱいがキリストの穏やかな顔になり、理知的な眼差しで私を見つめていた。
「そうだったんだね…………」
私は声無き声で呟き、研治さんの精神世界で得た幻の感覚で自分の胸を撫で、必ずこの旅をやり遂げる意志を新たにした。
研治さんのお母さん、つまり星子のお祖母ちゃんは、研治さんが結婚して間も無く自ら命を絶ったと星子から聞いたことがある。
何年も鬱病に耐えていたと言っていた。
こんな流れがあったことは星子も知らないだろう。
研治さんにも奥さんにもそれぞれの歴史があった。
それは決して穏やかなものでは無かった。
当然そんな二人の間に生まれて育った星子にも短いながら歴史がある。
星子の総てを知っているつもりになっていた私なんか、何も分かっていなかったのだ。
何も……何も……
ただ、お互いの直感が何かを求め合っていた。
どこかで繋がっていた。
それから私は星子や親父や私を生んでくれたお母さんや継母達の世界に次々と入っていった。
それぞれの歴史と人生を我がものとしてなぞった。
実母は親父と別れてから、ひっそりと生きひっそりと亡くなっていた。
相性の合わない親父と離れて新しい世界を築き、それなりに幸せな余生だったようだ。
私は生きている者達がこれからの人生を可能な限りうまく載り乗り切っていけるよう導いていった。
それから、知っていた人達から始まって、様々な人間の人生を体感していった。
総てが悲しみや苦しみに充ちており、殆ど一生分の年月を経験することさえあった。
研治さんは私への想いを抱きながら私の導きに従い、静かにその一生を閉じた。
星子は私が出会わせた人と素敵な結婚をして、研治さんの妹の魂を持つ女の子を儲け小説家になるという夢を実現し、私の夢だった画家の才能も私の導きで受け継いだ。
沢山のインスピレーションと技量を星子に託した。
私は星子の手を借りて精一杯絵を描いた。
星子も私と共作であることを感じ取り、共に楽しんでくれた。
研治さんや星子を始め私が見守った身近な人達は、皆静かにその後の人生を全うした。
その間に現実世界での時間は驚異的なスピードで流れた。
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