第17話
Ⅰ【今はさよなら】p17
高校の3年間、私は脇目も振らずケンジを想い続けた。
あんな終わり方をしてしまったせいで、ケンジへの気持ちにケジメをつけられずに居たのだ。
他の誰かを好きになりかけても、あるところまで来るとケンジの存在が脳裏を過って本気になれなかった。
割り切れない思いを抱えながら高校を卒業し大学へ進んでも、私にとって一番の男性は常にケンジだった。
そんなケンジから、ある日突然私の所へ年賀状が来た。
私は凄く嬉しかったと同時にとても驚いた。
まさかケンジの方からアプローチしてくるなんて思ってもいなかったからだ。
だが躊躇うこと無く私達は連絡を取り合い、急速に接近していった。
そして数ヵ月で同棲を始めた。
しかしそこまで行っても私はケンジを信じることが出来なかった。
一緒の外出でも、ケンジが私以外の女性を見ただけで裏切られたような気持ちになってしまう。
その度『別れ』を宣言するのは私の方だったが、徹底的にケンジを罵倒した後、簡単にそれを撤回するのも私だった。
愛されているという自信も無く、それでいて関係を断ち切り一人で生きる勇気も無い、自分勝手で寂しがり屋な、劣等感丸出しの私だった。
そして私自身そんな自分が嫌で嫌で、その悪循環は雪達磨のように大きくて堅いコンプレックスの塊となっていった。
事情を持って育てられ自己主張が苦手であると同時に、元来の優しさに恵まれたケンジは、私の罵詈雑言にその都度傷つきはしても、私の深いコンプレックスからくる心の渇きを理解し同情してくれた。
私はいつか必ずケンジに見限られるという不安を抱きながらも、トラウマからのもっと大きな不安を拭い去るために、つい優しいケンジを八つ当たりのターゲットにしてしまうのだった。
常に結果が崩れる自分の運命を試していたのかもしれない。
しかしトラウマは、決して悪い方にばかり影響していたわけでは無く、亡くなった者、残された者の憐れを知った強い感受性は、優しさとしても大きく実り、私は看護師の道を歩むこととなった。
とは言え看護師という仕事は、日常そのものが死に直結している。
その大変さは並大抵のものではなく、トラウマを克服し切れていない私にとってそれは、仕事自体の苦しみどころか、トラウマをも増長させるものとなった。
常に失うこと、裏切られることに怯え、自分を含めた総てが信じられず、いつもピリピリとした猜疑心に苛まれながら、〈安全な愛情〉を渇望していた。
その〈安全な愛情〉を確保する手段として、私はケンジとの結婚を望んだ。
ケンジも同意した。
しかし、結婚しても私の渇ききった心が癒されることは無かった。
むしろ結婚という形式に囚われた感に陥り、閉所恐怖のような、身動き出来ない恐怖心さえ抱くようになっていった。
そのうち自分を唯一の頼りにしてくれる患者や指導してくれる先輩医師などに恋をしたり、自分の存在を確認できる対象を求めて虚しさを募らせていった。
虚無感がピークに達して生きる気力も失いかけた頃、私は妊娠を知った。
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