第16話
Ⅰ【今はさよなら】p16
それからの私は、どんなに楽しいことが目前にあっても、心から喜んだり楽しみにしたり出来なくなった。
必ず最後に悪いことが待っている気がして、信じるのがとても恐かったのだ。
常に何処かで裏切られている不安感を拭い去ることが出来ないまま成長していった。
両親や姉は、失った子供達に対する愛情のやり場を、一心に末っ子の私に求め、私を甘やかした。
私は我が儘で、やり場の無い不安を持て余す苦しい思春期を迎えた。
当たり散らすのはいつも母に対してだった。
母はじっと耐えていた。
そして見かねた父が私に注意すると、母は悲しげに言うのだった。
「妹や弟を失った経験がそうさせてるんだよね…………」
父はそれ以上何も言う言葉を無くすのだった。
恋愛も歪だった。
異性を好きになっても、必ず予備を必要とした。
一人にハマって最後にドスンと裏切られ、その闇から抜け出せなくなるのが恐かった。
本命が居ても、必ず他に2番手3番手を用意しておかないと不安に押し潰されるのが分かっていたので、本当の恋はいつまでも出来なかった。
ケンジと出会ったのは中学3年の春だった。
ケンジは2年の2学期に他県から転校して来ていたらしいのだが、他のクラスだったし、あまり目立つタイプでもなかったので私は全く知らないでいた。
しかし3年で同じクラスになると、派手ではないが、そのちょっと寂しげな表情や、いつも一人で何かじっと考えているように寡黙な様子、すらりとした長い足等がひと目見た時から私を虜にした。
いわゆる一目惚れだった。
私の方から積極的にならなければ何の進展も無い相手であることは、最初から私にも分かっていた。
私はいつもツルんで居た友達に相談して、ケンジに交際を申込むことにした。
その傍らで、1年程前から盛んにアプローチされて付き合っていた1年先輩の彼とも交際を続けていた。
先輩は既に卒業していたので、文通だけの付き合いになってはいたが。
罪悪感はあったけれど、それよりも一人に絞ることの恐怖感の方が勝っていた。
そうやって先輩とのささやかな付き合いを続けることで、安心してケンジにも積極的にアプローチできるのだった。
子供が、親に愛されているからこそどんな大胆な冒険もできるのと同じように。
それは傍目にはとても残酷で狡いやり方だったが、私にとっては自分の身を守る唯一の手段だったのだ。
私は、大切な存在を次々に失ったと同時に、人間形成の一番大切な時期に、親の気持ちをいつも他の存在から奪われていた状態で育った子供でもある。
私は自分が娘を産み育てて初めてその重大さを理解し、自分を許すことが出来た。
それでも潜在化した私の底知れない不安感を拭い去ることは出来なかった。
特に、ケンジには不安を溜めていた。
言葉数も少なく、殆ど無表情で、私が激しい気性であるのに対しケンジは常に淡々としていたことがその理由だったと言える。
ケンジと交換日記などしながら、一方では先輩との文通も続けた1年弱、ケンジと言葉を交わしたのは僅か2回だけだった。
ケンジからアプローチしてくれることは全く無かったので、殆ど日記だけの付き合いに終始した。
いよいよ私は中学卒業。
ケンジの方に渡っていた日記を受け取る日が来た。
高校に入っても私はケンジと付き合い続けたかった。
だからその約束をするつもりで交換場所へ行った。
久しぶりに日記以外でケンジと直接対面する期待感でいっぱいだった。
ところがケンジは待ち合わせ場所に自転車で来て、自転車から降りもせず、持っていた日記を私に渡すと、そのまま何も言わずに去って行ってしまった。
私は呆然と立ち尽くし、ケンジとは終わったことを知った。
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