第9話
Ⅰ【今はさよなら】p9
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ふと気がつくと、暗闇だった。
俺は布団の中に居た。
深雪の夢を見ていたのだ。
寒々とした空気の感触と共に、冷たい現実が押し寄せてくる。
幸せ感が夢だったことを俺に押し付けながら。
そして『深雪は死んだのだ』という事実が俺の脳を支配し始め、今や、はっきりとその救いようの無い哀しすぎる現実に全身包まれてしまった。
夢の中での幸せ感と現実との耐え難いギャップ………
2度と深雪の声を聞くことも気配を感じることも無い。
心の中で俺は深雪の名前を何度も呼んだ。
ブラックホールのような哀しみが襲ってきて、俺は爆発するが如く号泣した。
子供宛ら大声でしゃくりあげた。
何時間泣き続けただろう………
暫くして感情の波が眠気に吸い込まれ、顔中涙や鼻水や涎でぐしゃぐしゃにしたまま、赤子のように2度目の眠りについた。
今度は夢から覚めないように祈りながら。
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突然もの凄い哀しみに襲われた。
私を呼ぶ悲鳴が聞こえる。
彼だ。 彼の叫びだ。
私はどんどん戻されるのを感じた。
次の瞬間、私は彼の傍らに立っていた。
彼の部屋だ。
彼が布団を被って、子供のように泣きじゃくっている。
・・・・・私はなんていうことをしてしまったのだろう・・・・・
だが今更だ。
とてつもない哀しみに囚われて、私も座り込み一緒に泣いた。
しかし涙が出ない。
そう、もう肉体など無いのだから当然だ。
涙を流さずに泣く苦しみは、例えようの無いものだった。
泣けば泣く程哀しみが募り、涙で発散できる肉体を持つ彼が羨ましい程だった。
彼は泣き続け、その間私の苦しみもずっと続いていた。
暫くすると彼は泣き疲れて、少しづつ眠りの世界へ吸い込まれつつあった。
それとともに私の苦しみも和らいでくるのを感じた。
小さくなった彼の肩……
私は触れることの出来ない手で、彼の白さを増した髪を子供をあやす母親のようにそっとそっと撫でた。
素敵な夢がみられるよう祈りながら。
彼が静かな寝息をたて始めたことを確認した瞬間、不意に私は再び宇宙を漂っていた。
漆黒の宇宙が、静かに優しく私を迎えてくれる。
残された者の哀しみが、強く亡くなった者を呼び続けると成仏できないというのは本当のようだ。
人間が本来の寿命を全うし昇天する時は、天使に導かれて光と共に昇ってゆくのが私の理想だった。
でも今私は孤独だ。
この苦しみからは決して逃れられず、大いなる力に身を委ね漂っていなければならないことを、今知った。
とてつもなく偉大で、とてつもなく愛情深く、とてつもなく静かな何者かが、常に私を見守っていることに気づいたのだ。
それは宇宙そのもの。
生きていて、息遣いさえ感じる程近く、それでいて永遠の時と空間程遠い。
私をとても愛しく思ってくださっていることがジンジン伝わってくる。
人間が神と呼ぶのはこの存在なのかもしれない。
だとすると具象化した方が私には分かり易い。
例えば、宇宙全体がキリストの顔だったり………
と思っていると、宇宙の彼方から、黒い空間が揺れ動き出し歪んできて、渦巻く雲の流れが見え、どんどんその形が変化し始めた。
それはみるみるうちに広がり、私が認識できる範囲の宇宙空間に所謂キリストを思わせる髪が長い男性の顔が出来上がった。
そして穏やかな笑みを浮かべ、
じっと私を見つめている。
それが私のイメージによって私向きに創れたビジョンであり、決して実体では無いことは分かった。
人によっては、キリストでは無く仏像だったり、天使だったり、或いは仙人だったり様々なのだろう、と思っていると、キリストの顔から、次々に後光を背負った仏像、ラファエロの絵画から抜け出したような天使、最後に長い髪と髭の老人の姿に変化していった。
今、偉大なる力が私に何かを教えようとしている。
その為に、私に一番合ったシチュエーションを拵えてくれているというわけだ。
もしかしたら本当はこの宇宙そのものも、実体ではないのかもしれない。
人それぞれにみ合った設定で、魂を導いているのかも。
キリストの顔に戻ったそのエネルギー体は、とてつもなく迫力のある、しかももの静かで温かい声で、私に語り始めた。
この声も私のイメージ通りだ。
「君は自ら命を絶った……
理由は有ろう………
君の、そこに至るまでの苦しみは私もよく分かっている。
しかし、例え己とは言え、その手で命を絶つということの罪深さは計り知れない。
その罪に対する償いを君はしなければならない。
ただ、他人の命を無闇に奪った者にやり直しのチャンスは永遠に与えられないが、君の場合は、永劫の旅を続けながら、人間の生涯の様々な【思い】を知り、君が犯してしまったことの罪深さを心から理解した時、生まれ変わりのチャンスが与えられる。
しかしそれは実に苦しくて、永い永い旅になる。
この宇宙が終末を迎える時までの永久になるやもしれぬ。
けれどその時が来た暁には、必ず時間の壁を抜けて、君が生きた次の生まれ変わりの時代に復活させ、別の人生を歩ませてあげよう。
今度こそ精一杯生き抜いて魂を清め、輪廻の苦しみから脱するがよい。
君が望むその日の為に、苦しみに耐えるのだ」
雷のようにグワ~ンとエコーしながら声は消え、キリストの顔も無くなった。
後には星雲が連なり、あちこちに銀河も見え始めている。
既に地球は見えなくなっていた。
具象は消え失せたが、優しい大きなエネルギーが常に見守っている感覚は相変わらずだ。
恐らく宇宙が存在している限り生き続けるエネルギー、というよりエネルギーそのものが宇宙であり、人間にとっては神なのだろう。
挿し絵です↓
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