第2話

Ⅰ【今はさよなら】 p2


せめて私の気持ちを伝えたい。

貴方をこんなに愛していること、宇宙よりも深く真剣に貴方だけを愛し続けてきたことを……


あぁそして貴方の傍らで、寄り添う ように項垂れている星子(せいこ)。

君も本当に私のことを大切に思っていてくれたんだね。


私もそうだったよ星子。君が私にとって一番の友達だった。

だからこそ苦しんだ。


君のこと大切じゃなかったら、とっくに、そして簡単に君が今寄り添っている愛しい君のお父さんを君から奪っていた。


これで良かったのかもしれない……


そして私の親父………

アンタにとって今のこの状態は確かにとてもショックなようね。


でもやっぱり私を失ったこと以前に、アンタ自身の無力さを突き付けられたことへのダメージが勝ってるんだ……


アンタ自身に私をここまで追い込ませた原因があることを認めたくないと、精神科医であるアンタの自負心が叫んでる。


でも 大丈夫よ親父、もうアンタは幼い妹真弓への思いに全力を注ぐことに傾いてる。


真弓を精一杯愛することが、私への償いだと信じ、そうやって頑張る自分を慰めようとしてる。

そんな自分が健気だと酔いしれてさえ居る。


それが自分を正当化しているだけだということに気づきもしないで………


そう、そうやっていつも自分を一番に愛し、正当化し続けてきた人だもの。

これからだって今までどおり生きていけるわ。


結局アンタが誰よりも私を理解していなかった……

心理学のマニュアルが、生きた人間の心理に幕を張ってしまうことを露呈したんだね。


寧ろ私とは血の繋がらないお母さんの方が少しは私の気持ちを分かっていたみたいよ。

同性だからかもしれないけど。


それでもやっぱり、血の繋がった真弓への愛情には勝てなかった………


感じていたとおり、私は孤独だったんだ……



私が初めて彼に会ったのは、中学卒業式の日だった。


式も滞りなく終え、教室に戻った生徒達は、慣れ親しんだ校舎や、一応毎日顔を付き合わせた仲間達への名残惜しさを味わっている自分の心の動きに酔いしれていた。


私はそんな雰囲気に馴染めず、一人フラリと廊下に出てみた。


窓際に真弓を連れた両親が立っていた。


まるで初めての子を慈しむ親のように3才の真弓を抱いた親父と、私とは血の繋がらない母。


私の卒業式に来ているのに、この3人の中に私は入って行けない。


3人を無視してその前を通りながら隣りのクラスへ振り向くと、廊下に私と同じ精神世界を持つ星子が居た。


お父さんに預けてあった星子の荷物を取りに来たところらしかった。

私は、その時初めて星子のお父さんに会った。


物凄い衝撃だった。


私が生きていた15年間の、いやそれ以上何十年、何百年、何千年、それどころかもっと宇宙的な時間が一瞬にしてクラッシュしたように私と彼との距離を縮めた。


懐かしい、それでいてとても狂おしく愛しく切ない思いでいっぱいになった。


私はまるで何か大きな力に引き寄せられるように、星子と彼の方へ近づいて行った。


二人の傍らまで来て、私は一言二言話したと思う。


でも、今ではその時どんなことを話したのか覚えていない。

下校後に星子と会う約束を交わしたような気もする。


しかし私は、自分で話をしながら終始彼の存在を全神経で感じ取ることに必死だった。


そんな心の内を覚られないように、表面上は穏やかな笑顔で「こんにちは」などと彼に挨拶した記憶はある。


彼も「こんにちは」と返しながら、私の方は一度も見なかった。


彼の横顔も、私に集中している彼の心を隠しきれず強張っていた。


あの瞬間の大きな衝撃は、今でもはっきり私の魂に刻み込まれている。


そして今、あの衝撃の秘密を探し辿ることが、これからの私に課せられた仕事のような気がしている。

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彼方 藍香 @mritw-u

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