第3話

Ⅰ【今はさよなら】p3


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・・・・・回り燈籠の妙に明るい光が、この世のものとは思えない何か気だるい、鬱々とした感覚を醸し出しているのは、こちらの気持ちが沈んでいるせいだろうか……


水底から眺める外の世界の、自分には届くことの無い高さ、違和感、キラキラと輝く水面のせせら笑うような揺らめき……


そんなどうしようもない孤立感、孤独感が俺を取り囲んで、周囲の風景が総て異質なもの、異次元のもののような感覚に囚われ続けている。


隣で項垂れている星子の存在さえ、俺とは何の関係もない無機物のように今の俺には感じられる。


分裂病の患者は、常にこんな感覚なのだろうか……

自分が自分ではなく、自分以外の総てのものも、其処に有って其処に無い。


いつまで続くのだろう……


癒される日は来るのだろうか……


一生このままなのか……

君が生き返ることは無いのだから、きっとそうなのだろう。


君は死の世界に旅立ち、俺はまだこの世に残されているけれど、今のこの状態は、死の世界から生の世界を眺めているも同然だ。


ひょっとしたら、次元は別々でも今この場所に君が居る可能性だって充分ある。


深雪…深雪……………でもやっぱり君は居ない。


俺の傍らに居てくれる気もするけれど、呼んでも応えてはくれない。姿も見えない。


ただ、もし今君がここに居るなら、俺と同じ感覚で水底に居るような違和感を抱きながら俺達を眺めている気がする。


この、死者を送るために設えられた回り燈籠や祭壇の形式的な作りは、見送る生者達にも死者と同じ感覚を疑似体験さする為のものかもしれない。


だとすれば、俺は今充分味わっている。

俺は生きながら死んだも同然の感覚、君と同じ感覚を体感してるよ。


物凄く孤独だね………………


君が死を選んだことを知った時、俺もすぐ君の後を追おうと思った。


人の目を盗んでは、カッターナイフを左手首に当てたりもした。


家の中で、俺の全体重に耐えられ紐を吊るすのに都合の良い場所を探す俺も居た。


でも出来なかった………


星子の父親という責任を放棄することは到底出来ないことだった。


もしそれが出来るくらいなら、最初から生きている君を抱き締めただろう。

あんなに苦しみはしなかっただろう。


そして、もし俺が自ら命を断ったなら、恐らくあの世に行っても、再び生まれ変わっても、二度と君に出会うことは出来ないだろう。


君に再会する為には、どんなに苦しくても寿命が来る時を待っていなければならない。


君に初めて会ったのは、星子と君が中学最後の日だったね。


俺は星子のクラス前で教室内の様子を見ていた。


星子が俺に預けていた荷物を取りに来た時、君が俺達の方へ近づいて来て初対面の俺にも「こんにちは」と挨拶してくれたね。


君を見て俺は本当にショックだった。


身体中が稲妻になったようにビリビリと痺れ、硬直し、君から目を逸らさなければ気を失いそうで、俺はそれを覚られないように顔を背け、星子とやり取りする素振りで「こんにちは」とわざと素っ気なく応えた。


でも180度感覚で君が頷いていることを確認し、君のつま先から頭の先まで総てを全身で感じ取っていた。


あれはいったい何だったのだろうか。


君のことは、数ヶ月前から時々星子の話題に出ていた。


他の友達とは通じ合えない趣味の話ができることや、君の家庭が単純では無いこと、君の才能が並外れていること等々。


俺は君のそんな噂話を聞きながら、君のイメージを膨らませていった。


そして星子が語る君に、どんどん引き込まれ魅了されていく自分を感じていた。


星子がそうであるように、代々続く俺の血筋の気性を思わせる君の激しさ。


俺が幼少の頃亡くした妹がもし生きていたら、きっと君のようになっていただろう。


妹の生まれ変わりかもしれないとさえ本気で思い始めていた。


そして君に会ってみたいと切望するようになっていた。


君と星子は別々の高校に入学し一年が過ぎた頃、星子の様子に変化が表れ出した。


思春期特有の潔癖さで、妻に対する冷酷なまでの批判眼をあからさまにしていた星子の感情がピークを迎えており、暴力には向かないまでも、家の中は宛ら戦場のようなピリピリとした冷たい風が吹き荒れていた。


学校へ行くのもダルくなってき始めていた星子は、朝の目覚めも悪くなり、登校出来ない日も多くなっていた。


そんな中で、敵意識を露にしていた妻に対してとは裏腹に、異性の親である俺には反動のためかとても素直だった。


会話もある程度は出来る状態にあり、星子にとってもそれは唯一の救いだったようだ。


如何せん、グラフィックデザイナーとしての仕事に忙殺されていた俺には、星子とコミュニケーションをとる時間など殆ど作れなかったし、また、あくまで俺は星子の異性であり、星子を100%理解するには、あまりに力不足だった。

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