23

 アレスの超能スキルはどうやら身体能力の強化らしい。


 身に纏っている赤いオーラは、そのための副作用か。

 ただでさえランクの違いに翻弄されているというのに、これ以上強くなってもらっても困る。


 全体的な力は上がっているようだが、攻撃の正確性は相変わらずだった。感情に任せてひらすら切りつけてくる。適当に打って何度か当たればいい。そう考えているのだろうか。


 力任せに振った石の剣が、割れた地面に食い込む。

 俊敏さに関しては、日頃のアルとの特訓がいいスパイスになった。俺の方が速い。


(どうにかクロエに接近したいが――)


 作戦を考える余裕もある。

 この調子で上手く立ち回っていこう。


 俺は剣が食い込んで動けなくなっているアレスを蹴り上げ、その隙にクロエの元に向かった。


「クッソ! テメェふざけんなっ!」


 まだまだ子供だな、アレスくんよ。


 そう心の中で嘲笑い、クロエの拘束を解いていく。

 といっても繊細な作業は苦手なので、剣で強引に断ち切った。ギリギリで手足の切断を免れる。クロエはヒヤヒヤした様子だったが、自由になるとホッとしたように俺に抱きついてきた。


「クロエ……」


 可愛い犬耳美少女の温もりを感じる。


 女子に抱きつかれたのは初めてだった。

 だからどうしていいかわからない。


 優しく抱き返し、背中をさする。


「クロエの力が必要なんだ。協力してくれるか?」


「はい!」


 元気よく返事をするクロエ。

 もう俺に対しての一切の抵抗、距離を感じない。それは体が触れ合っているから、なんていう単純な理由もあるのかもしれないが、先ほどの俺の言葉に、彼女自身が希望を見い出したからだ。







 今、クロエの中には俺への熱い信頼と、恋心が渦巻いている。


 俺を認めるその瞳を見れば、一目瞭然。

 抱き締められ、安心しているが、それと同時に俺を意識し、心臓の鼓動を速めている。耳元で聞こえる荒い息遣い。


 間違いない。


 この瞬間、クロエはもう『俺の女』になった。







 立ち上がり、前よりも凛々しく見える少女クロエは、没収されていた杖を回収し、構えた。


 いくらS3でも、A1とA2と同時に戦うのは――。


「クソがああああああ!」


 そう思っていたが、違った。

 アレス=ヴァイオラは暴力的で、衝動的で、乱暴。彼のその性格からして、相手の戦力が上がれば絶好の力試しの場。


 まあ、俺の予想通りではある。


 だが、こっちには勝算があった。

 クロエを味方につけ、尚且つ2対1の戦闘に持ち込んだ時点で、俺達の勝利は決まっていた。


「クロエ、俺が切られる度に回復魔術ヒールを頼む」


「わかりました!」


 高く柔らかい声で、クロエが答える。

 短い杖を構え、回復の呪文を唱え始める。


 アレスはそんなことを気にする素振りはなく、がむしゃらに俺に攻撃を仕掛けてきた。


 俺からの攻撃もたまに受け、傷を負うが、そもそもランクの低い俺の方が明らかに劣勢で、負う傷の深さも数も多い。

 だが、俺にはサラマンダー家の少女が味方なのだ。


 傷を負う度に回復。

 その繰り返し。


 勿論彼女の魔力がどれだけあるかにもよるので、それをずっと続けるわけにもいかないが、彼女が倒れる前に決着をつけるつもりだ。


 アレスの剣を弾き返し、体勢を崩す。

 

 僅かにできた隙。

 だがその隙に飛び込むほど間抜けじゃない。


 俺が求めるのは確実な強さだ。


 狙ったのは彼の剣を握る拳。

 剣の腹で確実に打ち、剣を落とす。


 普通の剣士であれば、自分の剣が落ちた時点で試合終了だと認識するわけだが、絶対にこの男は強制続行しようとするはずだ。俺はそれを見越し、繰り出してきた拳を一旦自分の方に引き、背中を取った。


 素速く剣で背中の肉を切る。


「ぐああああああああ!」


 猛獣アレスの叫び声が館にこだました。


「うるさい。バレるだろ」


「クソがあああああああ!」


 だめだこりゃ。

 

 別に背中の傷は致命傷じゃない。

 俺の慈悲深き性格のおかげで、すぐに治る程度の傷にしてあげた。ちゃんと治療すれば、の話だが。



「早く自分の本拠地ホームに戻って治してもらえ」


 ここでクロエに回復させても、またブチ切れて殴りかかってくると思う。だからもうアレスのことは放っておくことにした。


 放置アレス。


「あの、ありがとうございます、オーウェンくん!」


 少し申しなさそうで、でも吹っ切れて明るくなった笑顔で、クロエが言う。


「これを機に、じゃないけど、もうそろそろタメ口でもいいんじゃないか? 俺達、同い年だし」


 最初は躊躇った。

 いきなりいわれて、すぐに慣れることもできない。だが、クロエは嬉しそうに頬を赤らめた。


「うん、オーウェンくんっ!」


 これからクロエは、いい意味で変わっていくだろうな。

 そう思った。




 ***




 俺達はアレスのことなんて置いて、来た時と同じようにバレないように館から出た。


 もうすっかり俺のことを信頼しているクロエだが、前よりボディータッチが増えたような気もする。

 






 結局、あの男は留守だった、ということか。

 黒幕がアレクサンドロスであれば、まだマシだったのかもしれないなぁ。


 勇者パーティーの裏切り者。


 今回の件でわかったことがある。


 やつはもう既にアレクサンドロスまでをも取り込んでいる。権力を取り込んだ先には何があるのか。

 何が目的なのか。


 それはまだ、はっきりしなかった。







 晴れていた空も、すっかり雲に覆われ、不穏な空気が立ち込める。


 本拠地アジトに帰還する途中、クロエはずっと俺の袖を握っていた。

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