22

 館の中に入るのは簡単だった。

 もっと厳重な警備がしてあるのかと警戒していたが、見張りを3人気絶させれば、すんなり入ることができたわけだ。







 わかってる。

 こんな都合のいいことはない。


 俺を中に入れさせたい。

 つまり、これは間違いなく罠か何かの類だろう。相手の警戒がないことに気づいたからこそ、自分の警戒が固くなる。常に周囲に注意しながら、長剣スパタを構えていた。







 やたらと豪勢な廊下を抜け、ストーンが導く通りに進んでいく。


 使用人や住人がうろうろしていたものの、置物が多かったおかげで隠れるところがいっぱいあった。

 おしゃれな甲冑なんかには、特に感謝している。


(クロエ……)


 救出対象は四肢を縄で雑に拘束されており、口は布で封じてあった。

 

 本当にあっさり見つかる。

 だが、朗報だ。


 クロエにはちゃんと見張りが付いていた。それも、とっておきの見張りが。


「コイツは俺様が預かってんだ。テメェは引っ込んでろ」


 乱暴な言葉遣いで話し掛けてきたのは、俺より背が高くて体格のいい青年。

 俺と同い年くらいの人間ヒューマンで、刈り上げた短い赤髪に金色の瞳を持っている。


 なんとなく誰だかわかるような気がした。


「アレス=ヴァイオラ」


「あ? 俺様はテメェが誰かも知らねぇ」


 何度か話に出てきたアレスという名前。

 確か【聖剣アスカロン】に所属している、期待・・の新人だ。


 そういえば酒場でネロが自慢していたっけ。


 ランクがS3に昇格した、とか言っていたような気がする。

 つまり、俺よりも格上ということだ。


「俺はオーウェン。クロエを助けに来た」


 俺の言葉に反応するように、クロエが布で封じられた口をもごもご動かす。

 なんでだろう。


 逃げて!

 と言っているように見えてしまった。考え過ぎかもしれない。


「あの方の言ってたことは合ってたらしいぜ。この犬の女取り返すために、黒髪のガキが来るってな」


「俺がガキだって言うなら、お前はクソガキだろうな」


 なんだか腹が立ったので、挑発する。

 アレスはいかにも感情で動いていそうだし、冷静さを欠いて突っ込んできてくれるかもしれない。


 だとすれば、俺は冷静に攻撃をかわし、致命的な場所を正確に狙えばいい。純粋なランクの差を埋めるためには必須だ。


「あんだとこら?」


 予想通りだ。


 このまま来い、アレス。


「言ったままの意味だ、クソガキ。ネロに命令されてここにいるのか? それとも、アレクサンドロスか?」


「くだらねぇ。俺様が誰かの命令に素直に従うとでも思ってんのか?」


「さあ、まだ初対面だから」


「黙れクソが! 調子に乗んじゃねぇ!」


 面倒になって溜め息を漏らす。

 もうこの男の調子についていけない。


 クロエだって苦しそうだ。


「目的はサラマンダーの血だな? お前の言うあの方・・・がここに誘拐するように指示したってことか」


 俺の質問に、アレスが鼻を鳴らす。


「確かにコイツを誘拐したのは俺様だけどよ、目的なんてもんは興味ねぇんだ。あの方が誘拐を指示すれば俺様はいくらでも動く」


「さっきと言っていることが矛盾してるけど」


「うるせぇ。テメェもわかんじゃねぇのか? あ? あの方のために俺は生きてんだ」


「おっと」


 すっかり裏切り者やつに取り込まれている。

 あの方の正体はやつだ。

 だとすると、こんな自分勝手そうなクソガキにまで洗脳が通じている、ということになる。


「別にテメェに恨みはねぇ。でもここに来ちまったからにはぶっ殺すしかねぇんだよ」


 アレスが剣を抜いた。

 

 その剣は石でできていた。

 光沢は一切なく、飾りもない質素な石。


 だが、刃先は鋭く、強度もかなり高そうだ。それに、彼の鍛え上げられた上腕二頭筋を見てから、そのパワー系の攻撃を警戒してしまっている。打撃が来れば一撃アウトだな。


「てかこの犬の女、クソ弱いじゃねぇか。こんなやつがテメェのパーティにいていいのかって話だぜ」


 クロエの犬耳が垂れ下がり、瞳の奥の光が消えた。


 きっとそれは本人が1番感じていることだろう。

 クロエは今までの活動では基本的に守られてばかりで、まともに活躍することができていない。優秀な魔術師の家系といっても、本人がそれを活かし切れてない。


 それに俺はつい最近A1ランクに上がってしまった。

 

 勇者パーティー【聖剣エクスカリバー】でA2ランクなのはクロエだけだろう。

 新入りからも抜かされ、ひとり取り残されている。


 1年たっても打ち解けることができずにいた。


「クロエは強い。まだ自覚が足りないだけだ。きっとお前より強くなる」


 俺は断言した。

 アレスに怒りを向けたわけじゃない。







 全てはクロエに最後の一押しをするため。







「俺はクロエが【聖剣エクスカリバー】に必要不可欠な人材だと思っている」


 俺が言い終わるのと同時に、クロエの目が見開かれた。


 俺にはわかる。

 他の仲間メンバーが同じことを言ったとしても、彼女には響かない。だが、ある程度の信頼を得た俺から、この危機的状況の中で言われることで、すっかり俺の言葉に希望を見い出してしまうのだ。


「ガキが」


 アレスが切りかかってきた。

 予想通り、乱暴で感情的な振り方だ。


 それなら攻撃の流れを先に読むことは簡単にできる。今までずっと一緒に剣を交えてきた仲間であるかのように、俺はアレスの剣をかわし、受け止めていく。


 Sランクとの間には大きな差が生じる、なんてことをウィルから言われたのを思い出した。

 だが、今となってみてはさほど大したことはない。


 むしろ余裕だ。


「――ったくっ。クッソ」


 が、すぐにアレスの動きが変わった。


 攻撃が予測不能になったのだ。

 パワーも格段に上がっていて、それなりに純粋なパワーに自信のあった俺でも、押し負けてしまいそうだ。


「急に変わったな」


「テメェ知らねぇのか? これが超能スキルってんだよ」


 気づけばアレスの周りを赤いオーラが取り纏っている。

 どうやらそれが彼の超能スキルらしい。


 Sランクになって大きく変わることのひとつは、これだ。

 S3で、ひとつの超能スキルを習得することになっている。これは潜在的に決まっているもので、ランク昇格の際に自然に習得できるそうだ。


「そうか、テメェはまだSランクじゃねぇもんな!」


 子供みたいな煽りはやめて欲しい。

 こっちが恥ずかしくなる。


 さて、相手は純粋な攻撃力で俺を上回っていることに加え、超能スキルというさらに厄介な能力を持っている。


 どう逆転するのか。

 

 ちらっと拘束状態のクロエを見た。

 利用できるものは利用するしかないな。

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