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「素晴らしいです! あの【絶望の魔人】を倒されるなんて!」


 ギルドに魔人討伐を報告しにいくと、ロルフ大好き受付嬢ライリーが、尊敬の眼差しでロルフを褒め称えている。


 ちなみにアルの怪我はかなりよくなった。

 回復ポーションは常に携行しているので、ああいった緊急事態にもすぐに処置できるのだ。勿論回復魔術が使える魔術師がいた方が回復も早く確実だが、肝心なクロエは討伐メンバーではなかった。


 アルはまだ朦朧とした状態でうなだれているが、そのうちわけのわからない寝言を言い始めるだろう。

 そしたら完全回復したと思っていい。


 ハルはひとまず安心した様子で、俺に礼を言ってきた。


「今回ばかりはあんたに助けられた。その……ありがと」


 普段感謝のセリフは言い慣れないらしい。


 ほんの少し顔を赤く染めているハルは可愛かった。


「気にするな」


 俺はとりあえずそう言い、真剣な表情を作ってハルを見る。


「困った時はお互い様だろ?」


「う、うん」


 俺にそんなことを言われるのが気に食わなかったのは確実だ。

 だが、弟の恩人に嫌な態度を取るわけにはいかない。


 ハルは静かに頷いた。


「魔人はロルフ様が一撃で倒されたのですか? 本当にカッコいいです!」


 ライリーはひとりで暴走している。


 彼女の中では、魔人を倒したのがロルフになっているらしい。

 別に訂正しなくてもいいと思った。

 ロルフほどの実力者なら、あの時の俺ほど苦戦せずに、魔人を圧倒できたはずだ。


「魔人を討伐したのはオーウェン以外の何者でもない。オレはただ見ていただけだ」


 ロルフは淡々としている。

 自分の手柄にするのもありだ。だが、真面目なロルフにそんなことはできない。


 仮に魔人を倒したのが自分でもない新人だ、と述べたとしても、その後に、まあオレは戦ったら余裕で勝てちゃうから、敢えて手を出さなかったんだけどね、みたいなことを言うやつも多い。


 ロルフは無駄なことは言わず淡々と事実を述べる。

 

 そこに、自分オレだったら……とかいう自己顕示はない。

 

 その存在だ。

 ただ立っているその風格だけで、ロルフの強さは証明されている。だからわざわざ自慢したりする必要もない。


 そしてそれは、他の古参の3人にも共通する。


 ウィルの全身から出る自信のオーラと余裕が、絶対不可侵な己の強さを象徴していた。

 もっとも、今までウィルが本気で戦っているところを見たこともないが。


 ヴィーナスは……言わなくてもわかるだろう。彼女の美しさは女神をも魅了し、嫉妬させる。アレクサンドリアだけでなく、その美貌はいつか世界に轟くだろう。


「オーウェンちゃん、たまには凄いカッコいいことするじゃん」


 茶髪ロングのナンシーが俺の肩に手を乗せる。

 顔と顔が近づき、ふと思った。


 あ、酒臭い、と。


 今日はいつも以上にテンションが高いと思ったら、そういうことだったのか。昨日たっぷり酒を飲んだんだろうな。


「アルちゃんが心配だな〜」


 寝ているアルの左頬を、指でツンツン突っつく。

 3回に1回のペースでアルの顔が緩み、それと同時にナンシーの表情も和やかになる。


「癒やされる〜」


 俺とハルは呆れて溜め息を漏らした。




 ***




「おかえり」


 本拠地アジトの大広間で紅茶を飲みながら待っていたのは、我らがリーダー、ウィルだ。


 ウィルは俺達を見て、おや、という顔をした。


「アルがいないようだね」


「戦闘で負傷して、部屋で休んでます」


 俺が反射的に答える。


 アルを部屋まで運んだのは、また俺だ。

 双子の姉ハルにまた頼まれてしまった。俺が弟の命の恩人だということはもう忘れていそうだな。


 ウィルは一瞬心配そうな顔をのぞかせたが、すぐに落ち着いた様子に戻った。


「僕も今はやることがないから、しばらく土産話でも聞かせてもらおうかな」




 ***




「オーウェンもA1か。勇者パーティー全体としても、キミのランク昇格は大きな飛躍だよ」


 地下迷宮ダンジョンでの話はほとんどハルがしてくれた。


 ロルフは冷酷に自分達新人の死闘を黙って見ていたこと、アルの馬鹿が何も考えず魔人に飛び出したこと、俺がなんとか魔人を倒したこと。


 勿論少し話は誇張されている。


 ロルフが血も涙もない残忍な性格として描写されていた節や、俺がなんとか・・・・魔人を倒した、という節。


 ハルとしては、格下だった俺に魔人を倒されたのが複雑な気分だったようで、あたかも運のいい勝利だったかのように話を切り上げた。

 まあ別にそれでも俺は構わないが、悪役になったロルフは少し可哀想だ。


 ランクが上がった件については、俺の口から報告した。


「あっしと同じランクになったからって、調子乗らないでよねっ」


 なぜかハルが釘を刺す。

 そんなに俺が活躍したのが悔しいのか?


 俺の方が後輩で年下だし、ハルにもハルなりのプライドがあるのかもしれない。


「今回のオーウェンの動きは的確だった」


 驚いたことに、ロルフからお褒めの言葉が。


 これにはハルも顔をしかめる。

 だが反論はしない。

 俺の戦いぶりを認めていないわけでもないということだ。


 今度はロルフが厳しい灰色グレーの目でハルを見る。


「それに比べて貴様は弟のことで感情が支配され、できるはずのこともできていなかったようだ。本来ならばオーウェンの加勢をすべきだった」


「……」


「相変わらず厳しいね、ロルフは」


 ウィルが微笑んだ。

 

「ハル、今回の反省点は次に活かしてくれればいい。アルの心配をするのは当然だ。だから落ち込む必要はないよ」


「……」


 場の空気が少し柔らかくなった。

 それもこれも優秀過ぎるリーダーのおかげだ。


「オーウェン、ハル、僕からひとつ言っておくよ。強敵に立ち向かい、偉業を成せばランクは上がる。でも、A2からA1に上がることはさほど難しいことじゃない。A1からS3に昇格するためには、試験を突破する必要がある。AかSか、ここに大きな実力の差が生じるんだ」







 そう。

 まだ俺はランク戦争のスタートラインに立ってすらいない。


 Sランク……その道を通過することで、復讐に大きく近づく――この神聖都市、アレクサンドリアへの復讐に。











《キャラクター紹介》

・名前:ウィル=ストライカー


・容姿:ブロンドの短髪、赤目、尖った耳


・武器:【勇者の秘剣ブレイブ・ソード

→刃渡り1メルトルほどの片手剣。手首のスナップを利用し素速く動かせるようにオーダーメイドで鍛えられている。


・一人称:僕


・好きな食べ物:トウフ

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