断章2
勇者パーティに所属するということは、アレクサンドリアで最も誇らしいことのひとつである。
魔王討伐、というスローガンが何千年もの間掲げられているこの神聖な都市で、勇者の存在は英雄そのもの――誰もが魔王を倒す英雄になろうと、同じ志を持った仲間と集まってパーティを作るのだ。
「あたしを……勇者パーティに!?」
犬耳の少女への偉大な勧誘。
それは勇者パーティー【
パーティーのリーダーであるウィル=ストライカーは、この気弱な
少女の放つ魔力が、彼らを引きつけたのだ。
「あ、あたしなんかが……【
少女の名はクロエ=サラマンダー。
サラマンダー家は由緒ある犬人族の魔術師の家系で、その血は金色に輝くと言われていた。
神にも近しいこの血縁は、かつてこの地に神々が住んでいたということを証拠付ける。高い魔力に、代々伝わる回復魔術。クロエにはその才能が十分にあった。
しかし……。
「あたしはやっぱり……【
か細い声だ。
膨大な魔力を有しているのにも関わらず、クロエは自分の能力に自信が持てない。
それも、魔術学院での成績は悪く、両親や祖父からも出来の悪さを指摘されながら過ごしてきた、ということにあった。
秘めている魔力が多く、ポテンシャルがあることは確かだ。しかし、学院で同級生達から馬鹿にされたり、教師から出来損ないの烙印を押されてしまったことが、全ての可能性をかき消していた。
能力があれど、自信がなければどうにもならない。
僅かな自信のなさが能力に限界を定める。
逆に僅かな自信があるだけで、限界さえも超えることができるようになる。
「僕はキミに可能性を感じている」
そうウィルは言った。
しかし、どこに可能性があるというのか。それをはっきりと言われたわけでもないので、クロエの中では困惑が渦巻く。
(でも……もっと、成長したい!)
最終的に、クロエは決めた――勇者パーティー【
それは弱い自分に打ち勝つため、少しでも自信をつけるためだった。
***
「貴様、弱いな」
とある日の訓練で。
ウィルはなぜかロルフをクロエの教官にするようになった。
リーダーにはリーダーなりの考えがあるようだが、クロエにはロルフが恐ろしくて仕方ない。
間違っていることは言っていないと思う。
しかし、ロルフのスパルタ指導は、悪い意味でクロエを刺激するのだ。
(あたし、全然強くなれてない……)
自信をさらに喪失することに繋がるのは明白だった。
「回復魔術はパーティの要だ。叩き込め」
容赦ない目をするロルフ。
その言葉が正しいと思えば思うほど、クロエから気力を奪っていく。
ロルフの言う通り、回復呪文は勇者パーティーでの最重要と言っても過言ではない。
誰かが負傷した際、すぐに処置をしなければならない。
それに、長い旅になれば尚更、速攻で効く協力な回復魔術が必要になる。
(あたしじゃなくて、他の魔術師をメンバーにすればいいのに……)
クロエはいつもそう思っていた。
自分以外の適任者に任せればいい。
それなら、自分はここまで苦しむこともないだろう。
そう考えても、結局メンバーは増えない。
リーダーのウィルは指示役で、そもそも戦っている姿を見たことがなかった。ランクも不明で、その先導者としての能力は尊敬しているものの、クロエにとって謎の多き人物だった。
ロルフは怖い教官。
その厳しい指導に愛があることはわかっている。しかし、何ヶ月たっても打ち解けることはない。
ヴィーナスはクロエにとって、最も関わりやすい人物だった。
よく気にかけてくれて、大浴場にも誘ってくれる。
しかし、ヴィーナスのあまりの美貌に、自分とは次元の違う存在であるという畏怖の念があり、一緒にいて落ち着くかと言われれば微妙だ。
アルとハルは新人繋がりで話はするものの、基本ふたりで漫才を繰り広げていてクロエの入るところはない。
(あたし、このままでやっていけるのかな……)
勇者パーティーでの今後に危機感を感じる。
強くなれるのかもわからない。
心から理解し合える友人ができるかもわからない。
そんな時、ひとりの少年が【
「オーウェン=ダルクです」
比較的愛想のよさそうな声で名乗った少年こそ、オーウェンだ。
オーウェンはクロエと同じ17歳で、すぐに双子と仲よくなった。
アルが積極的に絡んでいたから、というのもあるかもしれない。とはいえ、クロエにはどうしてそんなにすぐ馴染めるのかが不思議でたまらなかった。
「あ、あの! オーウェンさんって、凄いですね……」
「ん?」
オーウェンの加入から2週間がたった頃だろうか。
朝食が終わり、たまたまふたりきりになったタイミングで、唐突にクロエが話し掛けた。
今までは必要最低限な会話しかしていなかったので、これが初めてのちゃんとした会話になる。
「あ、あたし、もうすぐ1年になろうとしてるのに、まだ全然馴染めてなくて……あんまり仲よくできてないというか……み、みんな優しいんですけど、でも――」
するとオーウェンは温かく包み込むような、優しい表情を作った。
「じゃあ俺と仲よくなればいいんじゃないか?」
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