11

 ランクがA1に上がったことの実感はすぐに湧いた。


 本拠地アジトの中庭で、双子と訓練をしている時だった。

 

「えっ! オーウェンくん頼むよ〜、お互い軽く練習って言ったじゃないか〜」


 俺はよく双子と訓練をする。

 それはこのふたりが暇を持て余していそう、というのもあるが、純粋に拳と足で戦うふたりの戦闘スタイルがモンスターとの戦闘で生きてくると考えたからだ。


 対人戦の訓練は基本ロルフに相手してもらっている。


 それに双子は性格もモンスターなので、絶好の練習相手として利用・・していた。


「軽く練習のつもりだったけど」


 お互いに動きを確認し合う準備運動のつもりだった。

 アルの攻撃に合わせて、体をかわし剣を構える。


 アルのスピードは自分以上だとわかっているので、ちょうどいいハードルになっている。


 だが先ほど、俺が軽く剣の腹でアルを殴ると、アルが後方に5メルトルほど飛んでいった。


 それを見ていたハルが腹を抱えて激しく笑う。


「ウケるんだけど! 目見開いて、吹っ飛んで……」


 どうやら無様な弟くんを侮辱しているらしい。

 アルには申し訳ないことをした。


「ぷぇ〜。吐血してるじゃん、吐血! マジか! お~い、オーウェンく〜ん……」


 半泣き状態で訴えるアル。


 笑い事ではないのかもしれない。

 俺達は少し吐血したくらいで騒ぐほど弱くはないが、不意打ちでの負傷は想像以上にダメージが大きいと聞く。


 ハルはまだ笑い続けていて、落ち着く気配もない。


 確かに俺はいつもの軽い感じで殴った。

 アルとは何度も向かい合い、訓練を共にしてきたはずだ。


 今更力加減を間違うのか……


 そして気づいた。


 俺のパワーが格段に上がっている、ということに。


 剣を握る拳に以前のような迷いはない。

 そこには自信が見え始めていた。この強者揃いの勇者パーティで、「戦闘能力」に関する自信は失われつつあったが、ほんの少しだけ古参に追いつけたような気がする。


 スピードはまだまだだ。

 アルと比較して、というのもあるかもしれない。だが、それぞれの生き物に個性があるように、能力にも個性がある。


 俺は純粋なパワーが他のアビリティより抜けているようだった。


「とりあえずクロエを呼んでくる」


 参った参った、という不思議な顔で血を吐くアルを気にしながら、走ってクロエの居場所を探す。


 大広間の魔時計は朝の8時を示していた。

 

 この時間ならきっと自分の部屋にでもいることだろう。

 クロエはあまりメンバーとの交流に積極的じゃないタイプだから。




 ***




 コン、コン、コン。


 クロエの部屋の、厚い木製の扉を叩く。

 扉の装飾は華やかで、派手な赤い薔薇の絵が施されていた。


『はい』


 扉の反対側から聞こえる、か細くて女々しい声。


「俺だ、オーウェンだ。ちょっと力を貸して欲しくて」


『え!? オ、オーウェンさん! ちょ、ちょっとお時間を!』


 焦ったような慌てたような高い声が、扉越しに伝わる。

 

 わざわざ時間が欲しいと言ったのは、まだ寝起きだから、とかなのかもしれない。女子はいろいろと準備に時間がかかるとも聞くし……ここで無理やり焦らせるのもよくないか。

 

 それから約10分。

 魔時計の針の音がカチカチなるのを無の感情で聞きながら、クロエを待った。


「お待たせしました……」


 恥ずかしそうな表情で扉を開けたのは、綺麗に着飾った獣人の美少女。

 

 クロエの紫の髪によく似合う純白のワンピースに身を包み、肩にはおしゃれなカバンを掛けている。

 街に出掛けに行くのか、とでも言いたくなるような格好だった。


 だが、ここで疑問が生まれる。


 誰と、行くのか。

 そんな綺麗な格好をしてまで、一緒に街に行きたい相手は誰か。


「どうしたの?」


 とりあえず聞く。


「だ、だってオーウェンさんが……デ、デートに行こうって……」


 いつ俺がそんなことを言ったのか。

 思い当たる節もないし、今後女性をデートに誘うなんている至難の業が俺にできるとは思えない。


 ましてやクロエのような美少女とデートなど、背伸びしてもできっこない。


「そんなことは一言も――」


「あゎゎゎ……あたし、また妄想を……」


「え?」


「な、なんでもないです!」


 今度はやけに元気だな。

 少し安心した。クロエも大きな声を出せるじゃないか。声を張れるじゃないか。


「実はアルが怪我をしてて、一応クロエに治癒を頼みたい」


「そうですか……」


 クロエがしゅんとする。

 変な勘違いをしてしまったことに落ち込んでいるのかもしれない。


「そうだ、せっかくだし、アルの治癒が終わったら、一緒に中心街にでも行かないか?」


「え!? あたしが、オーウェンさんと!?」


「その、無理ならいいけど、その『オーウェンさん』っていうのは堅苦しいな。同い年だし、呼び捨てで構わない」


「で、でも……」


「やっぱり無理なら――」


「が、頑張ります! オーウェン……くん」


 オーウェン呼びを頑張ったものの、結局「くん」がついてしまったクロエ。

 その悔しそうな表情が面白くて、ついクスッと笑ってしまった。


 笑われたことに気づき、クロエが悲しそうな瞳で俺を見る。


「いや、別にくん付けでもいいと思う。それじゃあ、まず中庭に行くか」


「は、はい!」


 クロエはまた笑顔を取り戻した。







 全て計画通りだ。


 パーティー内で友達ができず、上手くコミュニケーションが取れていなさそうだったクロエ。

 そこに話しやすい新人が現れることで、彼女の不安が少し和らげられ、俺に心を許していく。


 クロエが『俺の女』になる日も、そう遠くないだろう。











《キャラクター紹介》

・名前:ロルフ=アヴェーヌ


・容姿:切れ長の灰色の目、白髪はくはつウルフヘア、狼の耳と尻尾


・武器:【狼の長槍ウルフ・パイク

→2メルトル以上の長さの、銀の長槍。狼人族シベリスキーに古くから伝わる伝説の長槍で、かつては同族の大虐殺に使用された。


・一人称:オレ


・好きな食べ物:ラム肉

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