無能なおっさんに世界は救えますか?

秤マジュヌン

第1話

 ドスン、ドスン……。一歩、また一歩と商店街だった街を駆け回るのは、全身を業火で包んだ猛牛。牛とは言ってもこの世界で飼われている普通の牛とは比べ物にならないほど大きく、体高はそばにある五階建ての建物を優に超えている。


 人間の常識からすればこれほど大きな牛がいるのはあり得ない話であるが、それはこの世界の住人にとっても数百年前までは同様であった。


 ある時を境にいきなり現れた魔人や異形の魔物、合わせて魔族の襲撃を受けた人間は、多少盛り返した現在でなお大陸の半分の支配を失い窮地に立たされている。


 迫りくる猛牛を見つめる無精ひげの男は、名をリオルドという。彼はアレリオン連合国の退魔省に所属する軍人で、魔族の討伐を生業とする。


 牛の進行方向には人の居住区があり、リオルドに課せられたミッションはかの魔物をこの地で食い止めることであった。勿論意思疎通を図れる相手ではないので何としても倒すしか術はないのだが......


「こちらC班!設置した障害、すべて突破されました!」

「この兵器では魔物にダメージを与えられません!」


 部下から入ってくる報告は先ほどから一向に好転する兆しはなく、彼のいる拠点が突破されるのも時間の問題にも思える。


「やっぱ俺らヒトの力じゃバケモノは倒せねえってことか」


 しかし発言とは裏腹に、こう呟いたリオルドの表情から諦めはおろか焦燥感すら見いだせない。おもむろにインカムに手を当て、


「そうか、じゃあ予定通り起動しろ」


 そう言い放った。次の瞬間猛牛の体に電撃が駆け巡り、巨体は一瞬にして行動の自由を奪われ崩れ落ちる。刹那の出来事に、魔物は自身に何が起こっているのかすら理解できていないのだろう。

 身体へと網が放たれ、再び電撃を食らいながらも再び立ち上がる牛の目には困惑が広がっている。お膳立ては完了した。


「準備完了!ぶちかませ!!!」


 リオルドが叫ぶと、魔物に向かって白い光線が放たれた。轟音と共に放たれたその光線のあまりの威力に、辺り一面は白に包まれ当の魔物すら目視できなくなる。


 数秒後か数十秒後か、静粛な空気に包まれた通りに立ちつくしていたのは、体の上半分を失った巨大な牛のなれの果てであった。

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「やっと仕事終ったかー?疲れたー、早く帰って遊びてー」

「アマは何もしていないでしょう。後片付けと調査があるんだから、さっさと行きなさい」

「そりゃねえぜーペル?俺たちは仲間、仕事はみんなでやるもんさ!」


 拠点へと帰ってきたリオルドたちの部隊を出迎えたのは、真っ赤な髪の毛と力強い目元が特徴の、アマディスという青年である。

 彼に対してすげなく反応しているペと呼ばれた少女は、名をペルペルという。背も小さくかわいらしい雰囲気を醸し出しているが、その実力は恐ろしいものがあり、先ほども猛牛の上半身を消し飛ばしてみせた。


 リオルド含めその他の隊員と彼らとには大きな違いがある。それはペルペルが見せた様な一般人からはかけ離れた超能力とも呼べる力を持たないことだ。

 正確には「アウラ」と呼ばれる体内のパワーを直接体外に排出し、何らかの効果として発現させることができないのである。

 現状では例外を除きアウラを介した攻撃・妨害のみでしか魔族に有効な影響を与えることができないため、無能力者は先ほど電撃を生じさせたもののような装置を介してアウラを体外に排出しなければならない。


 しかしそれでも主に火力の面で大きな差が存在し、能力者と無能力者との間には戦闘力の面で埋められない大きな差が存在するのである。


 アウラの体外への発現形態は人によってさまざまであるが、それが可能な能力者は彼の所属する連合国内でも数えるほど。そのため国の人口のほとんどは無能力者として生活することになり、リオルドもその一人であった。

 能力を得られなかったリオルドは、能力者と共に戦いながらも常にコンプレックスを抱えている...かというと、そんなことはない。能力を使い人を救うというありきたりな少年のころの夢は叶わなかったが、その悔しさを原動力として消化し能力者の部隊を束ねる地位まで登り詰めた。


 リオルドももう三十路を折り返そうかというおっさんであり、嫉妬や羨望といった感情は枯れ果てている。目下の悩みはそろいもそろってクセが強く我も強い能力者をいかにまとめるかで、大きな頭痛のタネだ。


「アマディス、ペル、このまま牛の死体を調査に行くから準備しろ。他の皆はグランツの指示に従って撤退の準備をしておけ」


 未だ続いている言い合いもといペルペルのディスを聞き流し、部下たちに指示をする。普段は跋扈する魔物やより危険度の高い魔人との遭遇を避けるため討伐作戦が終了したのち速やかに撤退することが多い。しかし、今回は半身が残っているので復興に向けて軽く調査を行わなければならないのである。

 副官であるグランツに詳細を支持し、武器を軽く整備して戻ると二人はすでに出発の準備を終えていた。


「ペルはともかく、アマディスが進んで指示に従うなんて珍しいな。また前みたいに首根っこつかんで引きずらないといけないと思っていたが。ついに素直になったか?」

「あら、やっぱりアマはお子様ね。そのシーンをぜひこの目で見たかったわ」


 再びペルペルにイジられたマディスは、顔を真っ赤にして反論してくる。


「首を引きずって連れてかれたことなんてねェよ!!ばれないくらいに話を盛るんじゃねェ!胸ぐらを掴まれただけだ」


 やっぱ子供じゃないと言いたげなペルの視線を無視して、アマディスはリオルドの方を振り返って話を続ける。


「俺様が調査に乗り気なのは牛のバケモンが上半身を跡形もなく消されたわりに下半身は傷一つなく残っているのが不思議だからだ。ペルと一緒に魔物を討伐しに行くと、魔獣が跡形も残らないのが普通だからな...」


「確かにそれは俺も気になっていた。狙いを外したようには見えなかったが?」


 そう返して当のペルペルに目を向けると、彼女も不思議そうに死骸を見つめていた。


「私の光線は確かに魔物の前身をとらえていたわ。でも確かに不思議ね、消し飛んだ阪神の境目できれいに焦げた後もなくなっている」



ピー、ピー!


 十分ほど捜索するも手掛かりが見つからず引き上げようとしたその時、アマディスの持っていた小型の機会が突如けたたましく音をたて始めた。機械は魔力探知機というもので、その名の通り魔族が有する魔力を検知して警告音を鳴らす。


「なんだァ、また誤作動か?俺の探知機は何度修理に出してもたまに警告音を鳴らすんだが、いつも何も起こらねェんだよな...」

「まあ用心するに越したことはない。アマディスも武装を出しておけ」


 警告音が示す警戒レベルは最も低いものであったが、リオルドはアマディスに指示を出し自己も愛銃を取り出し構える。射撃の特異なリオルドに合わせて作られた専用武装で、アウラ発現の媒介装置である。


「機械はこのビルに近づくとより反応するな。というよりかはビルだったものという方が適切か?誰かの攻撃の影響で半分飛ばされているが」

「背後のビルも消し飛ばせたのに半身が残っているのはやっぱり納得いかないわ。」

「それは映像もあるし後でまた検証しよう。それよりも魔族がいるならがれきの中か?潜んでいるとは思えないが、一応少し見てみよう」


 リオルドは以前不満げなペルペルとアマディスにそう告げると、警戒しながらがれきの一部に近づく。近づいてみると、一見バラバラに散乱しているように見えるがれきは積みあがっていることが分かる。


「なんでここだけこんな積みあがっているんだ?アマディス!こっちに来てがれきをどかすのを手伝ってくれ」

「おいおっさん、魔人が出てくるかもしれねェんだからあんまり無理すんなよ」


 アマディスの忠告に頷きながらも、リオルドは率先してはがれきを1つ1つどかし始める。アマディスも協力し5分ほど黙々と経過し、ようやく全容が見えてきた。


「え…?」


 驚いて声を出したのは2人か、或いは眺めていたペルペルか。


 がれきの中に埋もれていたのは、まだ幼く見える可憐な少女であった。

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