第27話 三人寄らば妄殊の知恵

 鉱山の町から王都へと戻る道中のとある夜、レイラ達三人娘はこっそりと集まり、テントの中で秘密の会議を開いていた。


「来たわね、二人とも」


「来たけど……何の話……?」


 夜も遅いためか、最年少のエリムは見るからに眠そうだ。

 しかし、その議題を耳にした瞬間、眠気などすぐに吹き飛んでしまう。


「師匠が警戒している“災厄”について……私が知っている範囲で共有しておこうと思って」


「災厄……?」


 完全に初耳のレイラは、その言葉に首を傾げる。

 クロースの話だと聞いて目がぱっちりと開いたエリム共々、アイシアはしっかりとそれを説明し始めた。


「師匠がね、私に修行を付け始めてくれた頃に教えてくれたのよ。この地はもうすぐ大いなる災厄に襲われる、俺はそれに備えるためにお前を鍛えるんだって」


「そんなことが……私は聞いてないのに」


「エリムはまだ小さいから、あんまり早く教えると修行の妨げになると思ったんじゃないかしら?」


 むぅ、と不満げなエリムに、アイシアは適当な理由を付ける。


 そもそもとして、その“災厄”とはデトラー領の町を魔人が襲撃するという事件のことであり、アイシアがとっくに解決済みなのだが……クロースが完璧にそのことを忘れているのに加え、アイシアもまさか自分が無傷で勝てた相手をクロースが警戒していたなどど思っていなかったため、まだ“災厄”は終わっていないと思い込んでいるのだ。


 そんな思い込みが今、エリムとレイラに拡散されてしまった。


「災厄って、具体的にどんなことが起きるの?」


「それは師匠もハッキリとは分かっていないみたいだったわ。ただ……あれだけ強い師匠が私達みたいな教え子を何人も作るくらいだもの、きっととんでもない規模の災厄に違いないわ。それこそ、国が丸ごと滅ぶような」


 完全に想像だけで語るアイシアだったが、本人がそうに違いない確信していることもあり、エリムとレイラも自然とそれを信じてしまう。


 二人とも、疑問には思っていたからだ。

 あれだけ強く、まだ少年と言っていい年齢のクロースが、なぜわざわざ教え子を何人も作り、育てているのかと。


「師匠に目をかけられた子はみんな強い。私も、エリムも、レイラだってそう。でも、まだ足りないわ。頭数も実力もね」


 アイシアが思い出すのは、鉱山で戦った“黒棺”のデスモンだ。


 クロースの策略で先手を取って仮初の肉体を破壊し、その能力の詳細を事前に教えられ、レイラの力でその能力を完封した上で、エリムとの連携攻撃によって何とか倒すことが出来た相手。


 それではダメだと、アイシアは思う。


 あのレベルを一人で圧倒出来るようにならなければ、きっとクロースの力になれない。

 だからこそ、あの男を超えるべき試練として自分達にぶつけたはずなのだから。


「そろそろ、私達も師匠について回るだけじゃなくて、自分で考えて動くべきだと思うの」


「つまり……先生の力になれるように、もっと強くなるのと……いざと言う時、先生の力になれるような味方を集める……?」


「そう、その通り!」


 エリムの要約に、我が意を得たりと手を叩く。

 そんなアイシアに、レイラはなるほどと頷いた。


「じゃあ、ご主人様がボクに出した指示も、その一環なのかな」


「指示? えっ、レイラ、何を頼まれたの?」


「実は……」


 ずずいっと顔を寄せてくるアイシアに、レイラは自分が受けた指示の内容について話す。


 伝説の傭兵、ローグ・ブレードと、その息子について情報を集めて欲しいと言われたこと。

 そのために、クロースの私財からも資金を出すと言われたことを。


「なるほど、師匠の次の狙いはその伝説の傭兵ってわけね!」


「でも、人一人探すだけにしては、随分太っ腹というか、たくさん資金を出して貰えたんだ。ボクだけで探すなら、こんなに必要ないはずなんだけど」


「つまり……伝説の傭兵を探す中で……他の協力者との繋がりをたくさん作れるように……?」


「傭兵を探すのはあくまで始まりで、そこからどんどん手を広げられるように、しっかり基盤を作れってことね!」


 仮定に仮定を重ねながら、少女達の妄想をどんどん一人歩きしていく。


 この場にクロースがいれば頭を抱えたことだろうが、残念なことに今は一人テントで夢の中だった。


「ボクはご主人様の指示通り、手を広げつつローグ・ブレードを探すよ。姉弟子と姫様は?」


「私は、専属で動かせる騎士団が作れないか、お父様に聞いてみる……多分、反対はされないし」


 レイラの質問に、エリムはそう答えた。

 クロースのお陰で魔法の制御が利くようになった(と周囲からは思い込まれている)エリムは、最近少しだけ両親と会って話せるようになっている。

 その際、国王アーランドから「何か希望があれば言ってくれ、可能な限り叶えさせて貰うからな」と言われたので、これくらいなら行けるだろうと考えたのだ。


 しかし、元々暗殺組織にいて見知らぬ土地で諜報活動することに慣れているレイラや、王女としての地位を持つエリムと違い、アイシアには何のツテも権力もない。


 どうしようかと考えた末、アイシアは何の気なしに言った。


「よし、私は王都で力と元気が有り余ってそうな奴を探して、私なりに鍛えてみるわ。そいつらを纏めて騎士団入りさせて、師匠直属の親衛隊にするの!」


 ふんす、と鼻息荒くアイシアは宣言した。

 王立騎士団は、身元を保証する貴族がいて、後は確かな実力があれば誰もが入団することが出来る。


 入団後は、そのまま王都に家を構えたり、ある程度経験を積んだ所で故郷に戻ったりと様々だが、どちらを選んでも特にペナルティはない。


 エリムの部隊はあくまで王都の騎士団なので、いずれデトラー家に仕える騎士団を作ろうというのがアイシアの計画(?)だった。


「よーし、王都に帰ったら早速取り掛かるわよ!」


 こうして、またしてもクロースの知らないところで、勝手にクロースの指示で作られたということにされる謎の一大勢力が、ひっそりと産声を上げるのだった。

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