第25話 黒棺の最期
アイシアは、クロースがはぐれてしまったことにはかなり早い段階で気付いていたが……大して問題だとも思っていなかった。彼の実力なら放っておいても問題ないだろうし、まさか彼に限って迷子になるはずがない、何か意図があるのだろうと考えたのだ。
そして、事実その通りになった。
(やっぱり師匠はすごいわね)
魔物を目掛けて放った渾身の一撃が、天井を突き破って降って来た見知らぬ男に直撃した時はどうしようかと思ったが、どうやらクロースの作戦通りだったらしい。
怪しげな男は昏倒し、クロースは天井の上にある道……恐らく魔物が強引に開拓したのであろう横道から、堂々たる態度で男を見下ろしている。
グレオ団長がやたらと危険視する男だ、今の自分の力がどれほど通用するのか試したかったので、クロースがそれを認めてくれなかったことだけが不満点だが……クロースの未来予知にも等しい手腕が見れただけ良しとしよう。
「お前ら、油断するな」
そう自分に言い聞かせていると、クロースからの注意喚起が飛んで来た。
どういうことかと振り仰ぐアイシア達に、彼は相変わらず全てを見通すかのような眼差しで断言する。
「そいつの命は二つある。ここからが本番だぞ」
「ふふふ……よくご存知で」
完全に倒した……どころか即死でもおかしくない一撃を受けたはずの男が、ふらりと起き上がる。
ぎょっとするアイシア達の前で、男が背負う棺から黒い腕が伸び、男の体を取り込んでいく。
『この姿を敵に晒したのはあなた達が初めてです……光栄に思うといいでしょう』
漆黒の腕が男の体に入り込み、異形へと作り替えていく。
やがて誕生したのは、漆黒の悪魔。
顔から胸の辺りまでぱっくりと開いた巨大な口を持ち、六つの腕からそれぞれ指揮棒のような指を生やした化け物だった。
「何、こいつ……!?」
「魔人が人間の意識を乗っ取って、仮初の肉体として使役してるんだ。魔物を使役することに長けた魔人で、本体が傷付いても魔物を喰って回復する、厄介なやつだぞ」
『ほほう? そこまで知られているとは。私の正体や力の詳細は、ウロボロス本体に所属する幹部達しか知らないはず……ふふふ、レイラ、あなたが教えた、という訳でもありませんよね?』
「違うよ。ボクも知らないもの……」
レイラの本気で驚いた様子を見れば、仲間だからといって知ることの出来る話でもないことは部外者にも分かる。
それなのになぜ、クロースは知っているのか?
そう問いたげな面々に、アイシアは自信たっぷりに告げた。
「師匠だもの、知っていても何も不思議じゃないわ! 私の師匠に、知らないことなんてないのよ!」
根拠は何一つない、具体的な方法すら全く想像出来ないまま、妄言にも等しい信頼を口にするアイシア。
しかし、事実としてクロースは完璧に“黒棺”デスモンの正体を言い当てている以上、全くのデタラメだと切り捨てることも出来なかった。
当のクロース以外。
(いや、何でもは言い過ぎだよ、ゲーム知識でちょっと知ってる奴もいるってだけで、知らないことの方が多いよ。主にお前らの常軌を逸した強さとか)
本人がそんなことを考えているとは誰も想像だにしないままに、状況は動く。
まず先手を取ったのは、異形と化したデスモンだった。
『ふふふ、森羅万象を見通す者……“
デスモンの三十本ある指の一つが動くと同時に、地中を突き破ってサンドワームが現れる。
それは彼の指示に従って、クロースを喰らわんと一気に天井へ向けて体を伸ばしていくのだが……その途中、再び崩れた天井からの落石で、サンドワームが生き埋めになった。
無論、その程度で死ぬ魔物ではないのだが、落下した場所はアイシアの目の前。
殺してくださいと言わんばかりのお膳立てに従い、アイシアは闇色の剣でサンドワームを両断した。
『ちぃ、一度ならず二度までも……!! ただの偶然にしては出来すぎですが、あの男が何かしたようには見えなかった……一体何をしたのです?』
「ふん、何も分かってないわね。師匠には、私ですら完全に見切れないほど高速で動く、神速の剣技がある。それを使って、坑道を崩したのよ!!」
『何……!?』
アイシアの宣言に、デスモンは恐れ慄く。
そんな事実はなく、本当にただ偶然崩落のタイミングが重なっただけなので、デスモン以上にクロースが驚いていたりするのだが、そんなことはお構い無しである。
『ならばなぜ、その剣技で私を倒さず、こんな回りくどい真似をする!?』
デスモンからの、あまりにも的を得た指摘。
天井の上でクロースが「そうだそうだ、その純粋無垢を絵に描いたような馬鹿に言ってやれ!」と応援していたりするのだが、不幸にもその言葉は誰に届くこともなく……自信たっぷりに、アイシアは断言した。
「あんた程度、師匠が出るまでもない、私達を成長させるための試練にちょうどいいってことよ!! そうよね、師匠!!」
ここに来て初めて、アイシアがクロースに返答を求めた。
全力で否定したいクロースだったが、ここでアイシアのやる気を削いでしまえば自分の命が危ないので、まさか違うとは言えない。
「……アイシア、エリム、レイラ。お前らの手で、そいつを倒してみせろ。バックアップはグレオさんがやってくれる、頑張れ!!」
「俺かよ!?」
グレオ団長の悲鳴が響くが、丸投げ以外に出来ることのないクロースには、内心で土下座して謝ることしか出来ない。
そして、期待をかけられた少女達は、それに応えるべく全力で動き出した。
「いっくわよ!! てやぁぁぁ!!」
狭い坑道内を縦横無尽に跳ね回りながら、アイシアが一番槍となって突っ込んでいく。
それに対して、デスモンは舌打ちと共に指を振った。
『ふっ……!! この狭い坑道では、いくらスピードがあろうと!! 目で追える範囲なら、対応するのは容易いことなのですよ!!』
次々と地面を突き破って現れるサンドワーム達の体が壁となり、アイシアはそれ以上踏み込めなくなる。
そうして動きを止めた一瞬を狙い、デスモンの指から無数の糸がアイシアを襲った。
『これであなたも、私の傀儡としてくれる!!』
「やば……!! って、うわわ!?」
しかし、糸に絡め取られる直前に、別の糸に引っ張られるように急速に後退していく。
後衛として待機していたエリムが、アイシアの体を傀儡魔法の糸で引っ張ったのだ。
「先生は、私達三人で戦えって言った……一人じゃ無理、協力しないと」
「う〜……悔しいけど、そうみたいね。でも、どうする? あいつなかなか隙がないわよ。それに、攻撃を通しても回復するのよね?」
「……ボクに一つ、作戦がある。上手くいくか分からないけど、姉弟子とお姫様の協力があるなら……」
「分かった、それで行きましょう。何をすればいい?」
「……いいの?」
躊躇無く協力を申し出たアイシアに、レイラは目を丸くする。
魔物狩りで少し共闘する機会があったとはいえ、あの時は戦闘に余裕があった。
だが、今は違う。生死を懸けて戦わなければならないギリギリの相手に対して、自分のような元犯罪組織の人間が立てた作戦に命を預けてもいいのか。
そんなレイラの問い掛けに、アイシアよりも先にエリムが答える。
「先生が信じた相手なら、私達も信じる……それだけ」
「先に言われちゃったわね。でも、そういうことよ」
二人から向けられる信頼の言葉に、レイラは「ありがとう」と涙を零す。
しかし、泣くのは全てが終わった後だとそれを拭い、自らの考えた作戦を素早く二人に共有した。
「行くわよ、エリム!!」
「うん……!!」
作戦の全容を聞いたアイシアは、先程のように体にエリムの糸をつけた状態で突っ込んでいく。
芸のない奴らだと、デスモンは再びサンドワームを壁としてアイシアの動きを制限しにかかる。
『無駄ですよ、あなた方は私に勝てない。今すぐ呼び出せるのがサンドワームだけというのが難点ですが……こうしている間も、着々と私の戦力はこの町に集結しつつある。もし私が死ねば、集まった魔物達は私の制御を離れ、好き勝手に人を襲うでしょう……それは、あなた方にとっても困るのでは?』
「なんだと……!?」
思わぬ形での人質に、グレオは驚愕の声を上げる。
確かに、大量に集められた魔物達が一斉に暴れ始めれば、数にもよるが町に大きな犠牲が出る。
それを避けるには、デスモン自らの意思でこの町から手を引いて貰うしかない。
『私の正体については、知られた以上はもうどうしようもないでしょう。しかし、レイラとデベロッパー……二人の仲間達の身柄を引き渡して頂けるなら、大人しくこの町から──』
「てやぁぁぁ!!」
「えいっ……!!」
まだ話している最中だろうとお構い無しに、アイシアが闇の魔力で強化されたナイフを振るい、エリムは崩落した天井の一部を操ってサンドワームをそれぞれ叩き潰す。
躊躇も遠慮もない攻撃に、さしものデスモンも驚いた顔で二人を見る。
『……人の話は最後まで聞くものだと思いますよ? 私は互いに利のある建設的な提案をしているのですが』
「ふん、何が互いに利のある提案よ、それを聞いたからって、あんたが大人しく帰ってくれる保証なんてどこにもないじゃない」
それに、と。アイシアは両手にナイフを構えながら告げた。
「レイラは私の妹弟子よ、どんな条件を出されようと、あんたなんかに渡すわけがない」
『ふふふ、そうですか。ならば……やはりあなた方には、ここで死んで貰う他ありませんね!!』
デスモンが指を振るうと同時に、四方八方からサンドワームが姿を現し、アイシア達へ一斉に襲い掛かる。
多少の攻撃で数体倒されようと、倒された数体の体を盾に後続が押し潰そうというその攻撃は、単純だからこそ防ぐことが難しい。
それでも構わず、アイシアとエリムは真正面からサンドワームの群れに対峙した。
「やあぁぁぁ!!」
「《お願い、パパ、ママ……!!》」
アイシアの放つ闇刃の雨が、エリムの操るぬいぐるみと岩の巨人が、次々と現れるサンドワーム達を蹴散らしていく。
しかし、倒しても倒しても、それ以上の勢いで魔物は出現し続けた。
『ははははは!! さて、そんな調子でどれほど持つかな!?』
出し惜しみはなしだと、次から次に出現するサンドワームによって逃げ場は塞がれ、デスモンへと続く道すらも全く見えなくなる。
死体となり、肉片となり、塵すら残らないほどバラバラにされていく魔物達に、恐怖を感じている様子はなく、ただ主のために全てを差し出す従順さだけがそこにあった。
──だからこそ、デスモンは気付けない。
サンドワームの一体一体を覚えるほどの愛着もなく、自らの操る手駒の数を正確に覚えるにも、あまりにも一箇所に対して大量に呼び出し過ぎたが故に。
一体だけ、自らの操作を受け付けず、不自然な動きをするサンドワームがいたことに。
「──届いた」
「は……?」
いつの間にか、サンドワームに化けて地中を移動していたレイラが、デスモンの体に背後から触れる。
その瞬間、レイラの体が魔力に包まれ、異形へと変じていく。
「ボクの変身魔法には、対象に化けるための条件があるんだ。生きた相手に触れて、生きた相手を見て、生きた相手の魔力を直接吸収する、っていう条件がね」
それだけといえばそれだけだが、戦闘の中でその条件を満たす機会はあまりない。
大抵の場合、それが出来た時点で既に勝利しているのだから、わざわざ狙う必要が無いのだ。
だが今回は違う。デスモンの力によって集められた魔物達が、街を襲うリスクがある以上……倒す前に、その力を奪う必要があった。
その条件が満たされた今……アイシア達にはもう、本当の意味で遠慮する理由がなくなった。
「《
『くぅ!? こ、これは……!?』
デスモンに化けたレイラは、同種の力によってデスモンの体から伸びる糸へと干渉し、その影響下にある全ての魔物の動きを封じ込める。
同じ力である以上、完全に制御を奪うことは叶わないが……封じられるだけで、今は十分だ。
「これで魔物達を使って街を襲うことは出来ないし、魔物を喰ってダメージを回復するっていう技を使うことも出来ない。姉弟子、お姫様、今だよ!!」
「レイラ、よくやったわ!! これで終わりよ、《
「《パパ、やっちゃえ……!!》」
魔力を収束して作り上げた巨大な剣が、岩を束ねて築かれたゴーレムが、動きを止めたサンドワーム達を薙ぎ倒しながら、デスモンへと迫る。
デスモンにとって最強の、そして唯一の手札を封じられてしまった今、彼にはそれを止める術などなかった。
『嘘だ、この私が、こんな……こんなところでぇぇぇ!!』
闇の巨剣と岩の巨人が、デスモンを叩き潰し──
鉱山の町で発生した一連の事件は、ようやく終息の時を迎えるのだった。
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