第23話 新米従者レイラと積み重なる誤解

 レイラ? とかいう子を追っていたらしい、変な殺人鬼をエリムがボコボコにしてくれた。


 エリムがいなかったら死んでたな……と少しばかり遠い目をしながら、さりとてこんな危険人物を放っておくわけにもいかないので、町に待機している騎士団員に引き渡すべく……エリムの傀儡魔法で引き摺って行って貰った。


 いやその、俺の力じゃ大の大人を一人抱えて移動するのはキツかったんだ。残念ながら。


「む? クロース、戻ったか。……そいつは、誰だ?」


 騎士団の臨時詰所に到着すると、グレオ団長が出迎えてくれた。

 確かアイシアと一緒に坑道に突入するって言ってた気がするけど、戻ってたんだな。


 そんなグレオさんが目を向けたのは、当然エリムが魔法で無理やり歩かせているウロボロスの殺人鬼、デベロッパーだ。

 未だに気絶したまま、ブリキ人形か何かのように動くその姿は、奇妙どころじゃない。


「あー、こいつは……ウロボロスっていう組織の殺人鬼だそうです」


「なにっ、ウロボロスだと!?」


 俺がそう伝えると、グレオさんは目を見開いて驚いていた。

 あれ、知ってるんだ? そんなに有名な組織なのかな。まあ、ゲームでもかなり悪どいことしてたしなぁ……。


「ひっ!? デベロッパー!? 何でここに!?」


「うん?」


 俺達から少し遅れて詰所に入ってきた女の子が、デベロッパーを見るなり悲鳴のような声を上げていた。


 青色の髪を持つ、十六歳くらいの美少女。

 アイシアにエリムと、お子様な女の子ばかりに囲まれていたのもあって、年頃の大きな胸にはつい目が引き寄せられてしまう。


 うん、それで……この子、誰?


「あ、師匠ー! ただいま!」


「おかえり、アイシア。随分ご機嫌だな」


 謎の少女の後ろから、アイシアがひょっこりと顔を出してきた。


 いつ見ても元気そうなんだけど、今日はまた一段と元気そうだな。

 多分、坑道で存分に暴れ回ったからだろうなぁ。


「師匠、私ちゃんと師匠の期待に応えてこの子と頑張ったわよ、褒めて!」


「おーそうか、それはすごいな、よくやったぞ、いい子いい子」


「ふっふふーん」


 俺が撫でてやると、アイシアはこれ以上ないくらい満足そうな顔で胸を張った。


 なぜ騎士団員でもなさそうな子と一緒に頑張っていたのかはさっぱり分からないけど……いや、グレオさんも何も言わないし、何かしらの関係者なのは間違いないか。


 坑道を複雑に入り組んでるっていうし、案内人か何かなのかもな。地形の把握が得意な、マッピング系の魔法を習得してるサポートメンバーなのかも。


 そんな青髪の女の子は、よく見たらデベロッパーが気絶していると気付いたのか、まるでお化けでも見たかのようなすごい表情のまま固まっている。


「まさか、“狂刃”があっさりやられるなんて……本当にすごいんだね、クロースって……」


「ふふん、だから言ったでしょ? 師匠は最強なんだって!」


 いやいやいや、待て待て待て。なんでこいつを倒したのが俺ってことになってるの? やったのはエリムだよ?


 ほらエリム、ちゃんと自分の戦果だって主張しなさい。


「うん……先生は最強。こんなの先生の敵じゃなかった」


 おーーい、なんでそうなる? なんでそうなった!?

 それあれでしょ? 俺が手を出すまでもなかったとか、そういう意味でしょ? 行間が長いよ、ちゃんと言って! みんな勘違いしてるよ!!


「そっか……なら、もう迷う必要もないね」


 人知れず焦っていると、青髪の女の子が俺の前に跪き、頭を下げた。

 ……なんで?


「クロース様……ボクを導き、力を引き出してくれたばかりか、命まで助けてくれてありがとうございます。この恩を、あなたに仕えることで返す機会をください。お願いします」


「…………」


 いや、待って、何の話? なんで俺は初対面の美少女を教え導いた上で命まで助けたことになってるの? ここまで来るともはや怖いんだけど?


 あれか、俺の知らない俺でもいるのか? クロース・デトラーって実は近くにもう一人いるのか? 誰かそうだと言ってくれ。


「あれ、レイラは師匠の弟子じゃなくて従者になるの?」


「うん。いや、もちろん強くなれるように精一杯努力するけど、弟子として教えて貰うばかりじゃなく、クロース様のために出来ることは全部したいんだ」


 俺が混乱の最中にいると、アイシアが少女に話しかけていた。

 レイラ、レイラ……どこかで聞いたような。


 あ、思い出した!! デベロッパーが探してた誰かさん、その名前が"レイラ"だったはず。

 そっかぁ、この子はデベロッパーを倒したのが俺だと思ってるから、それで恩義を感じてこんなことを言い出したのか。なるほどねえ。


 ……いや、思いっきり勘違いじゃん!! 俺にどうしろと!?


「クロース、心配するな。ウロボロスの一員だったという彼女の過去は消せないが、生い立ちからしても情状酌量の余地はあるし、拠点や構成員の情報を提供して貰う見返りに、ある程度自由にさせてやることは可能だ。お前が身元引受人となってくれるなら、保護観察処分で済ませてやれるだろう」


 視線を彷徨わせる俺を見て何を思ったのか、グレオさんがそんなことを言い出した。

 いやそれ、もう逃げ場無しってことじゃん!! よく分かんないけど、俺がこの子を引き取らなかったら、犯罪者として独房にぶち込まれるってことだよね!? この流れでそれを許したら俺、とんだ極悪人みたいじゃん!!


「……分かった、これからはデトラー家に仕えるといいよ。メイドとかいいんじゃないかな」


「はい!! ありがとうございます、クロース様!!」


 美少女……もとい、レイラに満面の笑みでお礼を言われ、益々いたたまれない。

 これ、勘違いだってバレたらどうなるんだろう……しれっと聞き流してたけど、元ウロボロスのメンバーってことは確実に俺より強いじゃん、何かあったらサクッとやられるんじゃないの?


 なぜか増えてしまった俺の死亡フラグに、胃がキリキリと痛むのを感じていると、「さて」と仕切り直すようにグレオさんが手を叩いた。


「アイシア、そろそろ報告を聞こうか。坑道の掃討は完了したのか?」


「もちろん! ……じゃなかった、はい! 残った騎士達が魔物の残りがいないか確認してますけど、多分大丈夫そうです! それと、地上に通じる抜け穴も見付けたから、それも塞ぐって言ってました!」


 グレオさんの確認に、アイシアはびしっと敬礼しながら答える。

 相変わらず敬語は苦手なんだなぁ、と思いながら見ていると、グレオさんも今更気にしていないのか、「よし」と頷いた。


「これで任務完了だな。クロースの目的も達成されたようだし、撤収準備に入ろう」


「えっ、終わってないですけど」


 俺が思わずそう呟くと、なぜか全員めちゃくちゃ目を丸くしていた。


 え……逆に、何をもって俺の目的が達成されたと思ってるの、君達?


「そうか……まだ何かあるのか?」


「まあその……一応」


 主人公……アインを騎士団入りさせるのが俺の本来の目的なんだし。なぜかレイラとかいう新米メイド(予定)を拾ってしまったけど。


 こうなったら、何がなんでもアインと繋がりを作って、このレイラも一緒に押し付けてしまおうか。

 デベロッパーを倒したのはあいつだってことにしてもいいかもしれないな。うん、そうしよう。


 確か、いきなり坑道の方に走り出して、それっきりになってるんだけど……今頃どうしてるんだろうか。


「アイシア、坑道で黒髪の男を見なかったか?」


「へ? 黒髪、黒髪……うーん、覚えてないわね。そもそも騎士以外は見てないと思うわよ?」


「そうか……」


 うーん、本当にどこに行ったんだろうな……騎士団入りしてくれるって言ってたし、信じたいところなんだが。


「黒髪……まさか、そんな……!」


 あいつは一体今どうしているのか、と考えていたら、レイラが急に表情を青ざめさせた。

 えっ、どうしたの? と思っていたら、レイラは何かを確信した様子で口を開く。


「クロース様、それはもしや、"黒棺"のことでは……!?」


「なにっ、黒棺だと!?」


 知っているのか、団長!?

 俺は知らんぞ!!


「黒棺? 誰よそれ?」


 ナイスだアイシア、よくぞ聞いてくれた。


「ボクの所属していたウロボロス傘下の暗殺組織、"黒"……それを束ねるリーダーだよ。そこで壊れた玩具みたいになってるデベロッパーより遥かに強い、残虐非道な殺人鬼で……ボクにとっては、育ての親みたいなものだ。不本意ながらね」


 へぇ~、そうなんだ。初めて聞いたよ。


「クロースは、その黒棺がこの町に来ている可能性が高いと考えているんだな?」


 考えていません。


「ボク一人のために黒棺が動くとは考えにくい……けど、デベロッパーを倒したことが知られているなら、情報の流出を防ぐためにこの町に現れた可能性はあるかもしれない。クロース様は、最初から黒棺を誘き出すためにデベロッパーを……!?」


 いや違うって。倒したのはエリムだし。

 けど、みんながあまりにもそれを前提に話を進めるものだから、今更全部勘違いだとも言いだしにくい空気になってしまっている。


「よし……ではレイラ、君は黒棺に関する情報をもう少し詳しく教えてくれ。それを下に、騎士団を総動員して探し出す!」


「はい!」


 忙しなく動き出したグレオさんやレイラを眺めながら、俺は思う。


 ……おかしいな、俺は何一つ発言してないのに、勝手にどんどん大事になっていくぞ? と。

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