第22話 レイラ覚醒

 狂刃のデベロッパーから逃れるために坑道へと逃げ込んだレイラは、魔物に襲われて逃亡する最中にアイシアに出会い、救われた。


 そこで何を間違ったか、クロースの弟子だと勘違いされ、更に坑道の奥まで連れていかれてしまったのだ。


(どうしてこうなったの?)


 目の前で繰り広げられる一方的な虐殺に、レイラはポカンと口を開けたまま固まってしまっていた。

 アイシアが、常軌を逸した強さで魔物を蹂躙しているのだ。


「よいしょぉ!! えへへ、遅い遅い!」


 闇色の魔力で構成されたナイフを振り回し、狭い坑道内を縦横無尽に跳ねまわる。

 もはや残像しか見えない……というより、速すぎて残像が攻撃しているようにしか見えないが、次々現れる魔物が一瞬で血飛沫に変わっていっているという事実だけは認識出来た。


 これほどの手練れ、レイラの同僚にもいないだろう。

 一体この歳で、何をどうすればこの域に達することが出来るのか、全く理解出来ない。


「っと……レイラはやらないの?」


「え!? いやいやいや、ボクには無理だって!!」


 近くの魔物を殲滅した後、アイシアに散歩にでも出かけるかのような気軽さで誘われて、レイラは必死に否定する。


 しかし、アイシアはそんなわけないだろうとばかりに首を傾げた。


「出来るでしょ? 師匠の弟子なんだし」


「出来ないから!! ボクは……人っ子一人殺したこともないのに」


 無抵抗な人間すら殺せなかったのに、魔物などという恐ろしい怪物に勝てるわけがない。

 そんなレイラに、アイシアはあっけらかんと言い放つ。


「そんなの、私だって人を殺したことなんてないし、殺せるわけないじゃない。それでも、魔物なら殺せるわ」


 ほら、と闇のナイフを投げた先で、新たに地中から出現したサンドワームの首が飛ぶ。

 それを見ながら、レイラは目を丸くした。


 魔物を殺せて当たり前、という顔をしながら、人を殺せるわけがないと断言するアイシア。

 その姿は、レイラにとってあまりにも衝撃的だった。


(人を殺せなくても、魔物を殺せる……? そんなこと、考えたこともなかったな……)


 魔物は人よりも圧倒的に強く、人を殺す度胸もない者に魔物と戦うことなど不可能だと、そう思い込んでいた。

 衝撃を受けるレイラに、アイシアは更に言葉を重ねる。


「師匠は言ったの? レイラが戦えないって」


「……言ってないよ。クロースは……ボクが望めば何でも出来るし、何にでもなれるって、そう言ってた」


「なら何でも出来るし、何にでもなれるわよ。師匠が言うことだもの」


 これ以上ないほど全幅の信頼を寄せるアイシアを見て、レイラは素直に思った。

 羨ましい、と。


(ボクも……そんな風に真っ直ぐ、誰かを信じられたらな……)


 暗殺者として育てられたレイラは、根本的に誰かを信じることを知らない。信じる者は己の力のみ、周囲は全て敵と思えと教わった。


 その上で、自分自身さえ信じ切れないでいる今のレイラにとって、アイシアが見せるクロースへの信頼は眩し過ぎたのだ。


「レイラはなりたいもの、ないの?」


 だからこそ、そう問われた時……レイラは無意識に、こう呟いていた。


「……君になりたい」


「へ? 私?」


「あ、いや、違……!!」


 自分より一回り小さな子供を指して、君になりたいなどと──君のように、ではなく、君そのものになりたいなどと、流石に気味悪がられる。


 そう思ったレイラだったが、アイシアは特に嫌がる素振りを見せるでもなく、あっさりと言ってのけた。


「いいじゃない、なってみせなさいよ。どこまで出来るか楽しみね」


 ……アイシアとしては「誰かを目標にするのは大事だものね! 私も師匠みたいになりたいわ!」くらいのつもりで言っただけで、になってみろという意味で言ったわけではない。


 しかし、変装魔法によって誰かに化けることでしか自身の存在価値を示すことが出来なかったレイラには、そんな自分の在り方を肯定されたように感じた。


 そして……その一言によって、レイラの中で一つの“遠慮”が弾け飛ぶ。


「そっか……いいんだ、誰かになっても」


 自分には何もなかった。何者にもなれないと思っていた。

 欲しい未来も、普通の人が送るような普通の暮らし──自分以外の誰かの人生を羨むばかりで、自分自身の望みと呼べるほどのものはなかった。


 それでいい。

 “誰かになりたい”……それこそが、レイラの本当の望みなのだから。


──」


 魔力が渦巻く。

 心の変化に呼応するように力強く脈動したその力は、単なる変装を超えた新たな境地へとレイラを導いた。


「《複製変身ドッペルゲンガー》!!」


 魔力が一気に収束し、レイラの全身を包み込む。

 やがてそこに現れたのは、すぐ目の前にいる銀髪の少女、アイシアと瓜二つとなったレイラの姿だった。


「わ、私が二人になった!?」


「見た目だけじゃないわよ」


 どちらが本物か分からなくなるほどそっくりな声でそう語るレイラは、そのまま一気に前に踏み出す。


 その途端、目にも止まらないスピードで駆け出したレイラの手には、闇色の剣が握られており……気付けば、坑道の奥から現れたゴブリン達を、全て一刀両断にしていた。


「私の魔法まで……」


「アイシアが使ってるところ、何度か見たから、試しにやってみたんだ。まだちょっと、再現が甘いけど……でも、これならボクも戦える」


 元の姿に戻ったらレイラは、確かな手応えを感じたのかぐっと拳を握りしめる。


 そんな彼女を見て、アイシアもにっと笑みを浮かべた。


「今のボクならきっと……クロースの言っていた通り、何にでもなれる! アイシア、付き合ってくれる?」


「もちろん、姉弟子として、お手本を見せてあげるわ。ついてきなさい!」


 二人で坑道の奥へと歩を進め、魔物を撃滅していく。


 こうして、クロースの知らないところで、クロースの全く知らない人物が、主人公だと勘違いしたクロースの言葉を真に受けて、とんでもない覚醒をしてしまったのだった。

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