第21話 レイラの苦悩
クロースが心の底から祈りを捧げている頃──
当のアイン、もといレイラは、自分を追って来たデベロッパーが倒されていることなど知る由もないままに坑道へと逃げ込んでいた。
デベロッパーへの恐怖心から、全速力で奥へ奥へと潜って行ったレイラは……。
「……ここ、どこだろう」
当然といえば当然だが、案の定迷った。
坑道は複雑に入り組んでいるため、素人が単独で入り込んで思い通りに進めるはずもなかったのだ。
もちろん、レイラもある程度はそれを見越していたのだが……まさか、来た道を戻れなくなる程だとは思っていなかった。
「まあ、どうせしばらくは戻れないし、自力で戻れないような場所ならデベロッパーも来れないだろうって前向きに考えるしかないか。最悪、坑道にいる騎士に保護して貰ってもいいしね」
ターゲットである自分が見つからなければ、デベロッパーもあまり派手なことはせずに数日で帰るだろう。
その点、食料がないのは困りものだが、飲み水は魔法を使えば生成出来る。
魔力を消耗するので延々と凌ぎ続けることは出来ないが、それでも一週間は持つはずだ。
可能な限り消耗を避けるために、本来の姿である青髪の少女に戻ったレイラは、最低限腰を落ち着けられる場所を探して坑道内を彷徨い歩く。
出来れば、魔物の接近に素早く気付き、撤退に移れるような地形があればいいと、そんなことを考えながら。
(そういえば、この坑道に出現した魔物はなんだろう。町の人達もあまり詳しくないみたいで、ハッキリしなかったんだよね)
レイラが集めた情報によれば、入り込んだ魔物は一種類ではなさそうだった。
芋虫のような魔物だという話や、人型のものを見たという話や、鋭い牙を持つ獣がいたという話まであり、どんな魔物と出くわすか想像が付かない。
どんな魔物だったとしても、逃げ一択という事実は変わらないが。
(出来れば遭遇したくないな)
逃げ足には自信があるが、戦闘力にはあまり自信がない。
魔物に見付かって坑道内を逃げ回ることになれば、現時点で既に怪しい帰り道が益々分からなくなってしまう。
下手に坑道の奥に入り込み過ぎれば、騎士や鉱夫達にも見付けて貰えなくなる恐れもあり……ある意味、デベロッパー以上に警戒しなければならない存在だ。
(ボクが、自力で魔物に対処出来れば良かったんだけどな……)
そうすれば、魔物を恐れて可能な限り安全な場所を彷徨い歩く必要も……そもそも、デベロッパーを恐れて逃げ出す必要もなかっただろうに、と。
(……あの二人、無事かな)
思い出すのは、レイラを騎士団に勧誘して来たクロースとエリムの二人。
デベロッパーも全く無関係の人間を襲うことはないと信じたいが……なまじ自分と少しでも関わった相手だ。血の気の多いあの男が手を出していないとも限らないと、不安になって来たのだ。
(……ボクが本当に英雄の息子なら良かったのにね)
本当に手を出していて、しかも完膚なきまでに返り討ちにされているなどと知る由もないレイラは、そんなことを考えながら歩き続け……ふと、小さな揺れを感じた。
「今のは……?」
警戒を強めながら、来た道と向かっていた先の両方に目を向ける。
どちらから来ても、すぐに逃げられるように腰を落とし、耳を澄ませて……再び、足元を小さな揺れが襲った。
「下!?」
『キシィィィ!!』
咄嗟に飛び退いたレイラの足下を突き破り、出現したのは砂色の芋虫。
数え切れないほど無数の牙を生やした巨大虫……サンドワームに、レイラは生理的嫌悪感と共に恐怖を覚える。
こんなものに噛みつかれたら、一瞬で全身バラバラにされそうだと。
「冗談じゃないよ!!」
大急ぎで駆け出し、その場から逃走する。
しかし、サンドワームもせっかく見付けた獲物を逃すまいとするかのように、狭い坑道の壁を噛み砕きながら追って来た。
「鉱物と岩だらけの地面を掘り進むなんて、本当に魔物ってふざけてるよね!! その力、ボクも欲しいよ!!」
──お前は何にでもなれるし、何だって出来る。お前が望めばな。
全力疾走で逃げる最中、クロースの語った言葉が脳裏を過る。
そんなことが出来れば苦労はないと、そう思いながら。
(ボクは何者にもなれなかった、だからこんなところで惨めに逃げてるんじゃないか!)
人を殺せなかった。戦う勇気が持てなかった。
それを理由に組織の中で居場所を失い、ずっと不遇な日々を送って来た。
もし自分が何の躊躇もなく人を殺せる、デベロッパーのような人間だったらどれほど楽だっただろうかと何度も思った。
殺されそうになっている子供を必死に庇う父親を指して、バカみたいだと嘲笑う仲間達を見ながら……自分は、あの父親のようになりたかったとさえ思ったのだ。
そんな自分に、変な期待を持たないでくれと心の中で叫ぶ。
『キシィィィ!!』
「あっ……」
そうして逃げていると、反対側からもサンドワームが現れた。
狭い坑道の中、背後と正面から挟まれ、逃げ道はどこにもない。
ここで終わりなのかと、レイラは膝から崩れ落ちた。
(やっぱりボクには……幸せになる資格なんてないのか……)
人を殺したことはない。それでも、暗殺組織でその活動に関わったことは確かなのだ。
きっと神様が許してくれなかったんだろうと、諦観の念に苛まれ──
「《
闇色の一閃が、レイラを喰い殺そうと迫っていたサンドワームを二体纏めて斬り捨てる。
何が起きたのかと混乱するレイラの前に舞い降りたのは、銀色の髪を持つ美少女だった。
「き、君は……一体……?」
「うん? なんでこんなところに人が……って、ああ、そういうこと」
頭の中が疑問符で埋め尽くされているレイラに対し、少女の方は全てを察したかのように頷いている。
どういうことかと益々困惑するレイラに、少女は手を差し伸べた。
「あなた、師匠の新しい弟子なんでしょ? ほら、早く立って。行くわよ」
「え? ……いやあの、師匠って?」
「クロース・デトラーよ。誘われたんじゃない?」
「っ……!? ど、どうして分かったの?」
「どうしてって、目印があるし」
ほら、と少女が指差したのは、レイラの腰のあたり。
そこに何があるのかと思えば、不自然に服に張り付いた石ころがあった。
「どういう経緯かは知らないけど……師匠に会って、こうしてここに目印付きでいるってことは、あんたのことは私に任せるってことね」
「いや、えっと、ボクはその……ある人から逃げるためにここに来ただけで、クロースは関係ないんだけど……」
「? おかしなこと言うわね。師匠があんたの事情を知らないわけないでしょ、ここに来る前からあんたのことを知って、あんたに会うためにここに来たみたいだし」
「え……」
少女の言葉に、レイラの理解は追いつかなくなる。
自分の事情を知られているというのは、先ほどの会話である程度察していたが……ここに来る前からそれを知り、自分に会うためにわざわざやって来たと言われると、益々分からない。
自分にそれほどの価値があるとは、到底思えないのだ。
「そんな師匠が、わざわざ目印を付けてまであんたを自由にさせてるってことは、この展開も織り込み済みってこと。この町に来てすぐに師匠が私をここに派遣したのは、きっとこのためだったのね」
「そんなこと……可能、なの……?」
「師匠なら出来るわ。余裕よ、余裕。何せ、ただの町娘だった私の才能を見抜いて、一年でここまで育て上げてくれたんだから」
「…………」
もし本当にそんなことが可能だとしたら、それはもはや人間業ではない。
しかし、暗殺稼業の手伝いで人の顔色を伺うことの多かったレイラには、目の前の少女が欠片ほどの嘘もついていないことがハッキリと分かってしまう。
だからこそ、余計にその言葉を信じてしまった。
「私は師匠の一番弟子、アイシアよ。あんたは?」
「れ、レイラ……だけど……」
「そ。よろしくね、レイラ。この坑道でサクッと魔物を殲滅して、師匠に褒めて貰いましょ!」
「え……えぇぇ!?」
こうしてレイラは、半ばアイシアに引き摺られるようにして、坑道の魔物殲滅作戦に参加することになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます