第20話 エリムの大暴走(?)

 アインに追いついたと思ったら、なんか見知らぬおっさんに化けていた。


 まあ、主人公は原則どんな魔法もどんな剣技も習得出来るから、他人に化けるくらいお手の物なんだろう。

 そういうわけで、アインに是非とも騎士団入りして欲しいと説得していたんだが……ついに、騎士団に入ると言質が取れたところで、逃げられてしまった。


 一体どうしたんだろう? 腹でも下したのかな?


「おい、お前達」


「うん?」


 首を傾げていると、俺達に声をかける人物が現れた。

 目を向けると、そこにいたのはこう……とにかく見るからに怪しい不審人物だった。


 全身をローブですっぽりと覆い、目深に被ったフードのせいで顔は見えないけど、長い黒髪がだらんと垂れ下がっている。


 体格はよく分からんけど、声を聞く限り男みたいだな。

 すっごい猫背も相まって、何だか幽霊がそのまま現れたみたいだ。


「"レイラ"という名に聞き覚えはあるか?」


「レイラ? いや、知らないけど」


 誰だよそれ。


「ならば……騎士団に紛れて見知らぬ人間が町に紛れ込んでいたり、怪我で動けないはずの人物が元気に歩いている姿を見たりしていないか?」


「知らないよ」


 そもそも、俺達この町の人間じゃないし。そんなこと分かるはずないじゃん。

 けど、その男は俺の返答に、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。


「そうか……? 俺が知る限り、先ほどの男は大怪我で数ヶ月は身動きが取れないと診断されているはずだ。それが何事もなく、あれほど素早く動けていることに、違和感は抱かないのか……?」


 いやだから知らんて、俺ここの人間じゃないし。

 でも、あの男が本当は怪我で動けないはずっていうのは、まあ分からんでもない。

 だってあれ、アインだし。


「だがまあ……別にレイラを庇っているのでも、本当に知らないのでも、どちらでもいい」


 いやだから、レイラって誰だよ。あれはアインだって。

 けど、それを言ってしまうとアインにも迷惑がかかるかもしれないし……と躊躇したその刹那。


 ローブを翻したその中から、白刃が煌めいた。


「俺はただ……お前らの血が見たいだけだからなぁぁぁ!!」


 両手にナイフを持ち、恐ろしいスピードで襲い掛かって来る謎の男。


 やべ、これ死んだ。

 そう思った次の瞬間、俺の前にエリムのぬいぐるみが割り込んで来た。


 ナイフとぬいぐるみの魔力がぶつかり合い、火花を散らす。

 そのままぬいぐるみの怪力に弾き飛ばされた男は、舌打ちを漏らしながらも構えを取り直した。


「へえ、やるじゃねえか……そうでなきゃ面白くねえ、そういう、ちょっとばかり腕が立って調子に乗ってるヤツを八裂きにするのが一番楽しいからなぁ!!」


 舌なめずりしながら、男がローブの中から無数のナイフを取り出す。

 それら全てが宙に浮き、俺達の方に指向した。


「この"狂刃"のデベロッパーが、てめえらに死をくれてやるぜぇぇぇ!!」


 なぜかご丁寧に名乗りを上げながら、デベロッパーが突っ込んでくる。

 それに対し、エリムはぬいぐるみを操作しながらゆっくりと口を開いた。


「先生……咄嗟に防いじゃったけど、良かった……?」


「へ?」


「もし、先生を邪魔しちゃってたら……」


 どうやら、デベロッパーと俺の戦いを邪魔したんじゃないかと心配しているらしい。

 次々と降り注ぐ無数のナイフと、デベロッパー自身が両手から繰り出す二つのナイフをぬいぐるみ一つで全て弾きながらの会話に、俺は思った。


 こいつは何を言っているんだろうか?


「邪魔じゃないから、そいつの相手は頼んだぞ、エリム。ぶっ潰しちまえ」


 今思い出したんだけど……狂刃のデベロッパーって、ゲーム本編に出て来る中ボスの一人なんだよな。

 主人公を行く先々で妨害する謎の組織、ウロボロス。そのメンバーの一人だ。


 "悪姫"エリムもウロボロスのメンバーとして大暴れする一人だから、ルートが違えばエリムが同僚として肩を並べていたかもしれない相手ってことになる。


 そんな化け物と、俺が戦えるわけないがな。そういうのは同じ化け物に任せるに限る。


「うん……任せて……!!」


 頼られて嬉しかったのか、エリムが喜びを隠しきれない表情でデベロッパーに向き合う。

 そこでようやく、俺もデベロッパーを見れたんだけど……なんというか、思ったより余裕がなさそうだった。


 あれ……? ずっとお喋りしてるのにエリムが余裕そうにしてるから、律儀に待ってくれてるのかと思ってたけど、どうやら大真面目に攻撃してたみたい。息が上がり、俺の目から見ても分かるくらい汗を流している。


 エリムはアイシアと戦った時の岩の巨人だって出してないのに……あれえ?


「先生が、初めて私を頼ってくれた……私の、先生からの初授業……! これで私も、アイシアと同じ……先生の一番の生徒!!」


 ブツブツと独り言を呟く間に、エリムの紫紺の魔力がどんどん肥大化していく。


 いやあの、別に俺からの依頼をこなすことが一番の生徒の条件とかじゃないから。そもそもアイシアは最初の弟子ってだけで、そういう意味での一番じゃないぞ。


 よっぽどそう言いたかったんだけど、エリムのあまりにも恐ろしい迫力に何も言えなくなる。


「くっ……!! なんだこのガキは、俺の《百刃乱舞サウザンドナイフ》を、どうしてここまで完璧に防げる……!?」


「あはは……! 《百刃乱舞サウザンドナイフ》? 名前負けにも程があるよ。そんなの、アイシアの《闇刃乱舞シャドウナイフ》の半分の力もない……こんなの、子供のお遊びだよ……まして先生と比べたら、象と蟻よりも大きな力の差がある。そんなんで、よく喧嘩を売ろうなんて思えたね……?」


 ごめん、俺はその子供のお遊びに手も足も出ないと思う。


 俺がそう思っている間にも、膨れ上がったエリムの魔力が無数の糸へと枝分かれし、何もない虚空へと繋がれる。


 糸に引っ張られたのは、周囲の大気。それが暴風となり、竜巻を生み、紫紺の嵐が人型となって大地に立った。


「先生、見て……!! アイシアの速度を制して打ち勝つために考えた、私の魔法……!! 傀儡魔法、《紫嵐巨人サイクロンパピー》……!! 全部、薙ぎ倒せ!!」


「エリムー……あんまり周りには被害出ないようになー……?」


「うん!! あはははは!!」


 ハイになってるのか、高笑いを浮かべながら腕を振るったエリムに合わせ、嵐の巨人が動き出す。

 巨人が纏う凄まじい暴風は、ただそこに立っているだけでデベロッパーの放つナイフを全て吞み込み、天へ向かって吹き飛ばす。


 そのあまりの迫力に、ついさっきまであんなに元気だったデベロッパーも目をひん剥いて、顎が外れそうなくらい全開になっていた。


「な……なんだこれはぁぁぁぁ!?」


「あははははは!!!!」


 エリムの巨人が腕を振り下ろし、デベロッパーを文字通り叩き潰す。

 暴風に呑み込まれ、洗濯機が可愛く見えるくらい振り回されて……錐もみ回転しながら地面に突き刺さっていた。


 頭から地面に埋まった情けない男を一瞥したエリムは、これ以上ないくらい満足そうな笑みを浮かべて俺の傍に戻って来る。


「えへへ……先生、どうだった……? 私も、先生の一番の生徒になれた……?」


「……ハイ、ソウデスネ」


 この子……知らない間に、俺の知ってる"悪姫"に片足突っ込んでない? 何ならゲームよりヤバくなってる気がするんだけど。ゲーム本編の時間より大分早いはずなのに、おかしくない?


 こんな子に懐かれている俺の現状、もしかしなくても大分破滅フラグ立ってる気がするんだけど、気のせい?


「えへへ、やったぁ……!!」


 天使のような笑顔と可愛さで抱き着いて来るエリムを見ながら、俺は心の底から思った。


 アイン、本当に頼むぞ。早く騎士団に来て、こいつらをお前のハーレムに入れてやってくれ。


 主に、俺の胃と将来の平穏を守るために!!

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