第18話 主人公(?)との会食

「もうするんじゃないよー」


「うん、お兄ちゃんありがとー!」


 泥棒を働いた子供を捕まえた主人公……アインは、その子が奪おうとしたリンゴを店主に返した後、自ら平謝りしてその子をさっさと釈放していた。


 そんな光景を見ながら、俺は首を傾げる。主人公、こんなんだっけ? と。


 もっと正義感の鬼みたいな感じで、悪いことする子供がいたらとりあえずゲンコツ落として一緒に謝るみたいなタイプだったと思うんだけど……。


「まあ、細かいことはいいか」


 伝説の傭兵、ローグ・ブレードの子供は主人公ただ一人。周りの人達も特に疑っている様子は無いし、これくらいは誤差だろう。


 そんなことより、今は主人公と少しでもお近付きになり、願わくば騎士団入りさせてしまうことが重要だ。


 そうすれば、アイシアやエリムとも自然とお近付きになって、いずれは俺よりこいつのことを慕うようになるだろう。


 そうなれば、俺は晴れてお役御免だ。デトラー領の平穏な暮らしに戻れる。


「ねえ君」


「ひゃい!? な、なんでしょう?」


 話しかけたら、物凄いその場で飛び跳ねるくらい驚かれた。


 まさかそんな反応をされるとは思ってなかったから、こっちの方がびっくりだよ。


「俺の名前はクロース・デトラー。ちょっとした事情でこの町に来たんだけど……君、あのローグ・ブレードの息子なんだって? 会えて光栄だよ」


「あ……こほん、そう言って貰えると嬉しいな、ボクの目標は父を超える正義の傭兵になることだから」


 一つ咳払いをした後、スマートな笑顔を浮かべ、俺の差し伸べた手を握るアイン。


 うん、原作通りの受け答えだ。やっぱりこいつが主人公で間違いない。


「アインはどうしてこの町に? 父親もいるのか?」


「いないよ。ボクは今、父のもとを離れて武者修行の旅をしてるんだ。この町には少し立寄っただけで、またすぐに別の町に行く予定だよ」


「へえ……」


 そういえば、主人公は父親を亡くした後、しばらくはそう言って、人々の間にある“伝説の傭兵”の幻想を守ろうとしてたんだよな。


 ということは、既にこいつは父親を……。


「すまん、辛いこと思い出させたな……」


「へ? なんの事? というかその、今は……」


 ぐぅ〜、と目の前で盛大に音が鳴る。

 アインは自分のお腹を擦りながら、困り果てた様子で言った。


「……この通り、もう何日も食べてなくてさ……もし良ければ、この辺りでお金があまり無くてもお腹を膨らませられる場所とか知らないかなーって……」


 アインの年齢は、見たところ俺より少し上……十六歳くらい?

 その歳で一人旅なら、まあ金欠になってもおかしくないよな。


「お前さん、そういうことなら一つやるよ。商品を取り戻してくれた礼だ」


 そんなアインに、先程泥棒に遭った店主がリンゴを一つ手渡していた。


 ありがとうございますー! と元気に受け取るアインへ、俺も誘いをかける。


「何なら、俺も飯奢るよ。そこで話そう」


「え……いいの?」


「もちろん。いいよな、エリム……エリム?」


「…………」


 ずっと静かだな、と思ってたんだけど、エリムは俺の腰にくっ付いて体を隠していた。


 それを見て、俺はアインへ弁明する。


「ごめん、この子人見知りなんだ。悪い子じゃないから、気を悪くしないでくれ」


「ううん、大丈夫だよ。よろしくね」


「…………」


 そんなわけで、俺達は近くの店で食事を摂ることに。

 エリムの身分を明かそうか迷ったけど、王女様だなんて言って遠慮されたら困るし、今はいいだろう。


 そう思っていたら、アインからは見えないように、エリムが俺の服の裾を引っ張ってきた。


「どうした、エリム?」


「……先生、あの人、嘘吐いてる。……本当に、あの人が先生の探してた人?」


 どうやら、エリムはアインが本当のことを話していないと気付いたらしい。ほとんど人と関わることもなかったろうに、鋭いな。


 いや……ずっと悪意に晒されて来たからこそ、そういうのを見抜く目が養われたのかもしれないな。


 とはいえ、父親の死を隠したく気持ちは分かるしなぁ……。


「知ってるよ、だから気にするな」


「……先生がそう言うなら」


 納得してくれたようなので、そのまま三人でお店に入った。


 鉱山の町ということもあってか、食事処も筋骨隆々の大男が多くて、酒場に近い雰囲気がある。

 エリムにここはキツイかな? と思ったけど、意外と平気そうなのでそのままここで食べることにした。


 ……シンプルにアインが苦手なんだろうか。まあ原作では敵同士になる相手だからなぁ、元から相性が悪いのかもしれん。


「さて、いただきます、と」


 やがてやって来たのは、ドデカいステーキだった。

 流石は鉱山の町の酒場……と戦慄しつつ、エリムは食べられるのだろうかと目を向ける。

 案の定というか、大きすぎる肉の塊に戸惑っている様子だったので、切り分けてあげようと手を伸ばしかけて……。


「…………」


 すい、とエリムが指先を動かすと、それに合わせて魔力の糸が伸びる。

 それだけで、肉がスパっと綺麗に切断されていた。


 ……傀儡魔法って、非生物を操る魔法だよね? 切断魔法とかじゃないよね?


「先生、どうかした……?」


「いや、何でもない」


 俺が世話を焼く必要もなかったな……と思いながら自分の肉をつまみつつ、アインの様子を確認する。

 こちらはこちらで不慣れな手つきながら、目の前の肉をこれ以上ないくらい輝く瞳で見つめ、全力でがっついていた。


 ……本当に全然食べてなかったんだなぁ。


「んん~~、美味しい!!」


 満面の笑みで食べ進めるアインを見ていると、中性的な顔立ちも相まって何だか可愛らしく見えてしまう。


 流石にこれだけ楽しんでいる食事を中断させるのも申し訳ないので、ひとまず本題の方は後回しにして俺も食事に集中する。


 口元を汚したエリムをハンカチで拭ってやったら、なぜかそれ以降一口ごとに拭いて欲しいとおねだりされて大変だったけど、まあアインが食べ終わるまで時間もかかりそうなので問題ない。


 何せこいつ、俺の奢りだからなのか、遠慮容赦なくおかわりしまくってるし……いやうん、もう俺の三倍くらい食べてるんだけど、よくそんなに入るな?


「ぷはぁ、お腹いっぱい……幸せぇ……」


「満足してくれたみたいで何よりだよ」


 人間ってここまで幸せオーラ全開の表情が出来るんだな、って新しい発見に至りながら……さてようやく本題に入れると、俺は口を開いた。


「さてアイン君や、俺が君を食事に誘ったのは他でもない、君に頼みがあるからなんだよ」


「な、何かな?」


「そんなに身構えなくてもいい。君の目的にも合致するはずだ。俺が推薦するから、王立騎士団に見習い騎士として入団しないか?」


「…………はい?」


 アインの目的は、亡き父の後を継ぐ立派な英雄となること。

 俺の目的は、アインを早い段階で王立騎士団にぶち込み、アイシアとエリムのお相手を頼むこと。


 アインが俺の推薦で王立騎士団に入れば、そのどちらも実現に近付くはずだ!!

 せっかく騎士団の指導官とかいう訳の分からん立場になってしまったんだし、これを利用すれば捻じ込めるだろう。完璧だ。


「いやいやいやいや、ボクには無理ですって!?」


「遠慮するな、お前なら騎士団長だって越えられる」


「初対面ですよね!? それなのにどんだけ過大評価してるんですか!?」


「えーと……見れば分かる。お前には天賦の才能があるってな!!」


 アイシアやエリムも才能お化けという言葉すら生温い怪物だけど、当然ながら主人公の才能はその上を行くんだ。


 正直強引過ぎる言い分とはいえ、決して過大評価というわけじゃない。


「頼む、一回だけ! ちょっとでいいから訓練に参加してみてくれ! それから判断しても遅くないから!」


「いや、それはその、えーと……! ご、ごちそうさまでした!!」


「あっ、ちょっと待て!!」


 俺の押しに耐え切れなくなったのか、アインは全速力で店を後にする。

 逃げられてしまった……と落ち込んでいると、隣でエリムがちょいちょいと服の裾を引っ張った。


「どうしたエリム、また口が汚れたか?」


「ううん、そうじゃなくて……あの子に、私の魔法をかけた石をくっつけたから、いつでも追いかけられるよ」


「えっ」


 いつの間に、と驚く俺に、エリムは「褒めて」と言わんばかりの眼差しを送る。

 ファインプレーなのは間違いないので、俺はその頭をポンポンと撫でた。


「ありがとうエリム、助かるよ」


「えへへ……」


 エリムのお陰で、再会するのはそう難しくなさそうだ。

 アイン……お前は絶対に逃がさないぞ。主に、俺の平穏な暮らしのために!!

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