第17話 主人公探しの旅

 主人公を探すため、俺は彼が確実に行ったことのある場所を記憶の中からピックアップし、その足取りを掴もうと考えた。


 主人公……アインス・ブレードの父親、ローグ・ブレードは伝説の傭兵として国内でも名を馳せた男だから、一度でも訪れたことがあるなら絶対に噂になっているはず。


 とはいえ、魔物が跋扈し魔人が暗躍するこの世界で、大した力もない十五歳のガキが一人旅なんて危な過ぎる。頼めばデトラー家が護衛を出してくれるとは思うけど、それじゃあ不安だ。


 だから、アイシアを連れて行かせて欲しいって団長のグレオさんにお願いしたんだけど……。


「なーんで……騎士団総出みたいな感じで向かうことになってんの……?」


 馬車に揺られながら、俺は心の底から思った疑問を口にする。


 それに対して、隣に座るアイシアは「何言ってるの?」みたいな感じで首を傾げた。


「東の方で魔物がいっぱい出たから、それを討伐に行くって言ってた……言ってましたよ? 師匠もそれが目的なんですよね?」


 違うけど? 主人公を探しに行くだけだけど?


 でも、本当のことは言えないので黙っていると、アイシアの反対側からエリムが俺の腕にしがみついて来る。


 ……いや、なんでお前ここにいるの? お前王女様だよね? そんな気軽に遠出したらダメじゃね?


「でも……先生が行くってことは、それだけ重要な何かがあるってこと……もしかしたら、魔物以上に……」


「そうなの!?」


「…………まあ、そんなとこ」


 いやまあ、魔物以外を目的にしてるのは事実だし、主人公の存在はこの国の存亡に関わる部分だから、より重要な事っていうのも間違いではない。


 間違ってはいないんだけど、微妙にすれ違ってるのも事実だから、こう……なんて言おう?


「それってもしかして、前に師匠が言ってた“災厄”の……?」


「へ?」


 災厄? それって……ああ、あれか、俺達の故郷がそのうち見舞われる災厄を退けるためにお前を拾ったんだ、ってやつ。


 それに関しては、もう解決してるんだよな。アイシアがオーガをボッコボコに倒してくれたから。


 だからこそ、俺もさっさと元のモブに戻りたいと思ってるわけで。


「それはもう──」


「魔物だ!! 魔物が出たぞ!!」


 解決してる、って伝えようとした瞬間、間の悪いことに魔物が出現したようだ。


 普通、こんだけの規模の騎士団が移動してるところに、魔物なんて襲って来ないんだけどなぁ……。


「獲物ね! 師匠、私倒して来るわ!」


「あっ、ちょっ……! まあいいか、行ってらっしゃい」


 ふりふりと手を振りながら、血の気の多い一番弟子を見送る。


 残された俺は、エリムと二人で顔を見合わせて……。


「アイシア、馬車の中でじっとしてるのが嫌だったのかも……」


「……そうかもな」


 揃って意見が一致し、小さく噴き出した。

 その後、アイシアは予想通り馬車に乗ることなく、目的地に着くまで外を走り続けて……“災厄”に関する誤解を解くのもすっかり忘れてしまうのだった。





 東部辺境の地、ロックハート伯爵領。

 王国内の鉱物資源の大半を産出する山岳地帯に位置していて、田舎は田舎なんだが貧乏という訳じゃない。


 重要な資源地帯の一角ということで、ちゃんと防衛のための戦力も常駐してるし、ぶっちゃけ普段なら王立騎士団が救援に来る必要なんてない場所だと言える。


 では、なんでそんなところに騎士団が来ることになったかというと……よりによって、鉱山に作られた坑道の中に魔物が出現したからだ。


 複雑に入り組んだ坑道の中には地元民すらもう忘れ去った道も多く、魔物達が地下から湧いて出たのか、ロックハート家も把握していない地上への抜け道を掘られてしまったのか、それすら不明。


 こうなってしまうと、魔物の掃討と調査に相当な人員が必要となるため、ロックハート家が王家に救援を要請した、という流れらしい。


 そんなロックハート領に到着した俺達を出迎えたのは、当主であるダリル・ロックハート伯爵その人だった。


「グレオ団長、よくぞ来てくれた……! 一刻も早く坑道の安全を確保しなければ、民が飢えてしまう。力を貸して欲しい」


「もちろんです、ダリル伯爵。我々はそのために来たのですから、全力を尽くします」


 団長と伯爵が握手を交わし、今後の方針を軽く話し合っている。

 一方で、子供である俺達はその様子を後ろの方でそっと見ていた。


「師匠、私達はどうするの? 団長と一緒に魔物狩り?」


「そうだなぁ……」


 俺の目的は魔物狩りではなく、ここにいる……かもしれない、主人公を探すことだ。

 その意味では、魔物のことは団長達に丸投げでもいいんだけど……空振りに終わる可能性だって高いのに、何もしないでただ町をほっつき歩いてるだけっていうのも良心が咎める。


「アイシア、お前は団長を手伝ってやってくれ。坑道の中で迷子になったら出て来れなくなるからな、絶対に団長の傍で戦うんだぞ」


 というわけで、アイシアを派遣しようと思う。

 えっ、結局お前は何もしないじゃんって?


 仕方ないだろ、魔物相手に俺が役に立つわけないんだから。


「分かったわ! エリムはどうするの?」


「エリムは俺と一緒に来てくれ」


 まさか王女様を魔物狩りに向かわせるわけにはいかないし、そうでなくとも俺にべったりくっ付いて離れない。


 アイシアと一緒なら別行動も出来るだろうけど、そのアイシアを派遣する以上は俺が面倒を見ないと。


「ん……分かった……」


「エリム、頑張ってね! 応援してるから!」


「うん……!」


 えっ、アイシアがエリムを応援するの? 魔物狩りに行くのはお前なんだから、普通逆じゃない?


 首を傾げる間にも、アイシアは元気に手を振って団長のところへ向かい、エリムは謎に気合いを入れて拳を握っている。


「先生……! 魔物以上の何がいるのかは分からないけど……私、頑張る……!」


「…………」


 どうやら、俺が魔物以外のものを目的にしていると言ったせいで、魔物狩りはオマケでこっちの方がヤバい相手だと思われたらしい。


 そんなわけがないので、俺はエリムに優しく伝える。


「違うよ、俺は人探しに来たんだ」


「人探し……?」


「ああ、今後の俺達の命運を分けるかもしれない重要な人物だ」


 何せ、この世界の主人公様だ。俺達を生かすも殺すもそいつ次第なところがある。


 そんな俺の一言に、エリムは緊張したのか表情を強張らせた。

 ちょっと脅かし過ぎたかなと、俺は軽い調子で笑ってみせる。


「エリムよりずっと立場は低いし、今はそこまで強くもないはずだから、そう固くならなくて大丈夫だ。そもそも、絶対にいるとは限らないし……」


「そっちだ!! 捕まえろ!!」

「泥棒ーー!!」


 そういう話をしていたら、町の方でちょっとした騒ぎが起こった。

 えっ、泥棒? と思って目を向けたら、子供がリンゴか何かを大量に抱え、必死に逃げているところだった。


 近くにいた騎士が対処しようとしてか、足を踏み出しかけて……それよりも早く。


 人ごみから、一人の"少年"が飛び出して来た。


「おっと、泥棒はよくないよ、君!」


「うわぁ!?」


 少年が子供の体を抱え上げ、足を止める。

 ボロボロとリンゴが零れ落ちる中、頭に被った帽子を少しだけ指で持ち上げて、その奥に隠されていた黒い髪と真っ直ぐな眼が露わとなった。


「そういう悪いことする子は、このボク……ローグ・ブレードの息子、"アイン"が許さないからね!」


 どこか中性的な顔立ちのそいつを見て、俺は確信した。

 こいつだ、間違いない、この世界の主人公……!! って、ん?


 今こいつ、アインって名乗ったか?? アインスじゃなくて??

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