第16話 深まる誤解

「──以上で報告を終わります」


 王都で子供の誘拐を繰り返す犯罪組織、その中でも特に重要な位置にいたであろう空間転移魔法を操る男を捕らえた。

 そのことを国王アーランドに直接報告しに来たグレオは、膝を突きながら頭を下げる。


 それに対して、アーランドは嬉しそうに頷く。


「うむ、ご苦労だった、グレオ団長。これで王都も少し平和になるだろう」


 王都といえど、魔物の脅威からは逃れられない。

 魔物の変異に必要な魔力が溜まりやすい場所、溜まりにくい場所というものはあるが、それを完全にゼロにする方法は見付かっていないため、理論上はそこに生物さえいれば町中に突如出現する可能性もある。


 故にこそ、人の犯罪者などさっさと片付けて、魔物への警戒に神経を使いたいというのが騎士団やそれを統べる王家の本音だった。


「しかし、一つ気がかりなこともあります。たかが誘拐で、あれほど大きな組織を運用出来た理由が分かりません。何か裏がある可能性も」


「それについては、引き続き調査を頼む。必ずや尻尾を掴んでくれ」


「はっ、承知しました」


「ああ、それから……クロースだったな、あいつはどうだ? エリムを任せた結果どうなったか、報告を聞きたいのだが」


 それこそが本題だとばかりに、アーランドは問いかける。

 グレオも、アーランドがそれを気にかけていることは知っていたため、その回答に淀みはなかった。


「想像以上です。エリム王女殿下は僅か一週間で魔法を制御できるようになり、"魔人殺し"のアイシアと互角の模擬戦を繰り広げられるまでに成長していました。精神的にも、顔を合わせるだけで他者を全て拒絶するような状態ではなくなっておりましたし……あの成長速度は驚嘆という他ありません」


「そうか……エリムはちゃんと立ち直ってくれたか。良かった」


 グレオの報告に、アーランドは胸を撫で下ろす。

 彼自身、本当はもっと娘を直接気にかけてやりたかった。


 しかし、近付くだけで命の危険がある暴虐の姫君に、国王という立場で親らしいことをするのは周りが許さなかった。


 だからこそ、少しでも良い教育係を、とこれまで必死に手を回してきたのだが……それがやっと実を結んだのだ。喜びもひとしおである。


 それを知っているグレオとしても、もう少しその余韻に浸って貰いたかったところだが……今は報告の途中だと、言葉を重ねた。


「加えて、彼自身のポテンシャルもまた凄まじいものがあります。誘拐組織との戦いでも、機転を利かせた戦い方で、子供達を守りながら、僅か一手で敵を壊滅させたのは見事という他ありません。少しばかり……いえ、かなり心臓に悪い方法でしたが」


 大胆というかなんというか、とグレオは溜息を溢す。

 しかし、アーランドは結果さえ伴えば構わないという立場なのか、心労を感じさせるグレオの言葉を笑い飛ばした。


「我が国には……否、どこの国であろうと、この過酷な世界で平和を守るには一人でも多くの力ある者が必要だ。この短期間に二人の英傑を育て上げ、彼自身もまたそうであるというのなら、結果が伴ううちはそのやり方に異を唱えるのもおかしな話だろう」


「それはそうかもしれませんが……」


「いざという時はお前がストッパーになってやってくれ。……そうだ、そういうことならばいっそ、次の遠征に彼を連れていくというのはどうだ?」


「遠征、ですか?」


「む? なんだ、まだ報告が届いていないのか。東の辺境の地で、魔物の大量発生の兆候が確認された。王立騎士団には、その鎮圧のために部隊を編成して貰いたい」


 辺境に回せる戦力などない……と切って捨てられるならば楽かもしれないが、たとえ辺境の一部だろうと、魔物に蹂躙されるのを見過ごしてしまえば、そこに生きる人々を喰らった魔物がより大きな力を付け、数を増やし、更なる脅威となって周辺の町や村を襲い、人が住むことの出来る生存圏を次々と削り取っていくだろう。


 それを防ぐためには、たとえ遠い辺境の地であろうと、王家の権威と財力を活かして部隊を派遣し、兆候を掴んだ時点で早期解決に動くのがもっとも安上がりなのだ。

 その意味では、自前で戦力を整えることの出来ない辺境の地を守ることこそ、王立騎士団の存在意義と言えるかもしれない。


 故に、たとえ寝耳に水な話だろうと、グレオからすれば日常業務の一環であるはずなのだが……彼はアーランドの想像した以上にその情報に驚いていた。


 何かあるのかと訝しむアーランドに、グレオは「ああ、いえ……」と少々歯切れ悪く答える。


「実は、クロースが……東の辺境へ旅行を考えているから、しばらく指導官は出来ないと断りを入れて来たばかりだったので……」


「なんと、そのようなことが。偶然か?」


 普通に考えれば、偶然に決まっている。

 しかし、誘拐犯達との戦い……あの全ての展開を読み切っていたかのような完璧な立ち回りを見ていたグレオの脳裏には、そうではないかもしれないという考えが浮かぶ。


 もしかしたらクロースは、何らかの手段で魔物の発生を予想していたのでは? と。


「まあいい、偶然であろうとそうでなかろうと、我が国にとって都合の良い展開であることに違いはないのだからな。頼んだぞ、グレオ」


「はっ」


 こうして、本人の知らないところで国王からの評価が更に上昇してしまいながら……クロースは、今まさに危険地帯へ姿を変えようとしている辺境の地へと、遠征に向かうことになってしまうのだった。

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