第14話 クロースの策謀(?)
騎士団の人員に休暇を言い渡した後、団長のグレオは一人仕事を進めていた。
近頃被害件数が増えている、連続誘拐犯の捜索だ。
随分と大きな組織を形成しているらしく、実行犯を捕らえてもただの使いっ走りでしかないため、根本的な解決にはなかなか至らない。
騎士達に疲労が溜まっていたのも、その捜査と訓練とで休む暇がなかったからだ。
(騎士達を一目見ただけで、それを見抜くとは。クロース・デトラー……アイシアやエリム王女を成長させてみせたのは伊達ではないということか)
クロースとしては口から出まかせだったのだが、ほぼ正確に騎士の疲労を言い当ててしまったために、グレオからの評価も上昇していた。
(それでいて、騎士の仕事が回らないと言われても全く動じる様子がなかった。何か考えがあるのか、はたまた適当に丸投げしただけなのか……フッ、見物だな)
私服姿で王都の町を歩きながら、グレオは内心で呟く。
彼のその姿は、決して仕事をサボっているわけではない。誘拐犯の尻尾を掴むため、騎士の出で立ちを捨てた平民の装いで巡回を行っているのだ。
(騎士を総動員してでの大規模な捜査では、まるで進展がなかったからな。騎士団内部に内通者が存在する可能性もあったことだし……極秘で私服警備を行うのに、突然の休暇は都合が良かった。あるいは、彼もそれを見越していたのか……)
騎士団の中でも信用出来る者数名には、解散後に自分と同じように私服警備を行うよう通達してある。
これでダメなら、また新たな手を考えなければと思ったところで、ふと視界の端に見知った人物を見かけた。
クロース・デトラーが、呑気に王都を練り歩いていたのだ。
(何をしているんだ?)
パッと見は、ただ観光しているようにしか見えない。
キョロキョロとあたりを見渡してばかりの少しばかり不審な姿は、明らかに都会慣れしていないお上りさんそのものと言えるだろう。
しかも、そこらの平民よりは明らかに良い服を着ているのだ。貴族というにはやや物足らないが、それなりに金を持っている商家の子供には見えるだろう。
王都の現状を考えれば……否、今でなくとも、護衛もなしにああも無防備にフラフラと歩いていれば、誘拐してくださいと言っているようなものだ。
(……まさか、わざと!?)
グレオがハッとなった瞬間、クロースの目が彼の方を向いた──ような気がした。
実際にはたまたまそちらに視線が向けられただけで、クロースはグレオを認識してすらいない。
しかし、グレオはその眼差しを見て確信を抱く。
(間違いない、彼は自らを囮に俺達の捜査を進展させようとしている……!!)
騎士は誰もが屈強な戦士だ。いくら私服を纏ったところで、誘拐犯に狙われる可能性など皆無だろう。
だが、クロースは違う。まだ十五歳という年齢で、あまりガッシリとした体格をしているわけでもないため、誘拐対象になる可能性は十分にある。
(ついていくか)
まさか民間人を囮として使うわけにもいかない以上、グレオの頭には全く浮かぶことのなかった作戦だ。
危険なその役回りを実行しようとしている彼の献身を無駄にすまいと、グレオは追跡を開始する。
すると程なくして、クロースは人目につかない裏路地へと入っていった。
(俺を発見してからすぐにこんなところへ……俺が気付くのを待っていたのか)
たまたま、慣れない土地で迷子になるタイミングが被っただけなのだが、グレオは益々強い確信を抱く。
そして……本当に偶然、そんなクロースを狙って誘拐犯達が現れた。
(来たか)
びっくりするほどあっさりと捕縛されたクロースは、誘拐犯達に運ばれていく。
それを密かに追跡するグレオだったが……やがて、誘拐犯達は裏路地の一角でクロースの入った布袋を放り捨て、そのまま去っていってしまった。
(……どういうことだ?)
このままアジトへ向かうのかと予想していたグレオは、不可解なその行動に眉を顰める。
ここで仲間と落ち合うつもりなのだろうかと、しばしその場で待機していたグレオは……信じられないものを目撃した。
目の前で魔法陣が展開し、クロースの入った布袋が掻き消えたのだ。
(なっ……転移魔法だと!?)
これまで全く尻尾が掴めなかった理由はそれかと、グレオは慌ててクロースが消えた跡へ向かう。
一度の使用で完全に燃え尽きるよう、完璧に調整された魔法陣だ。これでは、後から気が付いても追跡は困難だろう。
「だが、今ならば間に合う!!」
魔法によってこじ開けられた空間の穴を、魔力を注ぎ込んで無理やり拡張し、体を滑り込ませる。
一瞬の浮遊感の後、グレオが目を開けたその場所は──王都から離れた位置にある、洞窟の中だった。
「なっ……!? 誰だてめえ!!」
「こいつ、転移の瞬間に割り込んで来やがったのか!!」
大勢の怪しげな男達が取り囲むど真ん中に出現したグレオは、少々早まったかと焦りを滲ませる。
この人数を相手に一人というのは、厳しいかと。
「こいつの面、見覚えがある……コイツ、騎士団長のグレオだ!!」
「ちっ……!! てめえ、動くんじゃねえぞ、コイツらがどうなってもいいなら話は別だがなぁ!!」
「くっ……!」
しかも、男達の後ろには丈夫な檻が用意されており、中には幾人もの誘拐された子供達の姿があった。
今まさに、その牢屋の中にクロースの入った袋が投げ込まれるのを見ながら、グレオは呟く。
「どうする……一時撤退したいところではあるが……!」
退くだけならば容易い。誘拐された子供達を盾にされなければ、一人で制圧も出来よう。
しかし、子供達を傷付けないようにとなると途端に難しくなる。
「クロース……!」
この状況へ自分を招いた当人ならば、何か起死回生の策はないのか。
そんな期待を込めた言葉が、果たして届いたのか。牢屋に放り込まれた袋から、クロースがのそりと顔を出し、立ち上がる。
キョロキョロと周囲を見渡したクロースは、最後に一つ息を吐き……グレオへと手を振った。
「グレオさん、頑張ってください」
「……は?」
頑張る? 頑張るって何をだ?
脳内が疑問符で埋め尽くされたその瞬間、誰にとっても予想外の出来事が洞窟を襲う。
天井を突き破って、漆黒の巨剣が降ってきたのだ。
「な、なんだぁ!?」
その剣は、アイシアが誘拐犯達を追い払うために放った魔法だった。
およそ子供らしく手加減というものを知らなかった彼女の攻撃は、王都から離れたこの場所まで形状を維持したまま到達し、洞窟を破壊してしまったのである。
その凄まじい破壊力は、あっという間に天井を崩落させ、岩の津波があっという間に通路を埋めつくしていく。
「うおぉぉぉぉ!?」
大慌てでその場を駆け出し、グレオは洞窟を脱出する。
間一髪、脱出に成功したグレオは、後ろを振り返って思わず叫んだ。
「クロース……あ、あいつは、なんっていう無茶をしやがるんだ!?」
グレオは、タイミングからして間違いなく先程の黒剣はクロースの魔法だと確信していた。
彼自身と誘拐された子供達は、頑丈な鉄の檻に囚われていた。たとえ天井が崩落したとしても、しばらくは持つだろう。
だが、その周囲にいた誘拐犯の男達はそうはいかない。確実に生き埋めとなり、一網打尽に出来る。
彼の口にした“頑張れ”という言葉は、グレオは一人自力で洞窟の崩落から抜け出し、後から自分達を掘り出してくれという意味だろう。
なんという大胆な、そして一歩間違えば自分諸共死にかねない危険な賭けだと、グレオは驚愕する。
「いや、それだけじゃない、か……」
「ぜえ、はあ、ぜえ……!! し、死ぬかと、思った……!!」
クロースの策には、もう一つ意味がある。
突如崩落した洞窟からあの状況で逃げられるとすれば、グレオのような実力者と──転移魔法を操る誘拐犯くらいだろう。
間違いなく、一連の事件の中核を成したと思われる人物を、取り巻きゼロで目の前に差し出される格好になったグレオは、思わず天を仰いだ。
彼は一体いつから……どこまでこの展開を読んでいたのだろう、と。
「本当に、末恐ろしい。……それはそれとして、後で文句を言わせて貰うがな!!」
咄嗟の転移で消耗しきった誘拐犯達のリーダーと思しき男を殴って気絶させ、縛り上げながら、グレオはそう心に誓う。
こうして、王都を襲っていたとある連続誘拐事件は、クロースの策謀(?)によって見事解決することになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます