第13話 アイシアとエリムの仲良し休日

 クロースの指示を受けたアイシアとエリムは、翌日二人で町へと繰り出していた。


 最初こそ、自分こそがクロースの一番の教え子であると主張し合い、険悪な空気を漂わせていたのだが……元々が、未だ色恋の一つも知らない幼い少女達だ。

 お互いに尊敬する師匠という共通の話題を持っていることもあり、互いの距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。


 特にアイシアからすれば、エリムはちょうど病弱の妹と同じくらいの年頃だ。

 人見知りが激しく、生まれ持った力という本人にはどうしようもない事情で孤独に生きて来たという経歴を聞かされたことで、猶更自身の妹と重ねずにはいられなくなる。


「ほら、行くわよエリム!」


「ま、待って、アイシア……!」


 手を引いて走るアイシアに引き摺られるように、エリムが息を切らせながらついていく。


 腕にウサギのぬいぐるみを抱えている、というのもあるが……普段は引きこもりの王女に、元気な田舎娘についていく足の速さがあるはずもない。


 膝に手を突いてフラフラになっているエリムを見て、アイシアは苦笑を漏らす。


「だらしないわね、師匠に走り込みとかやらされなかったの?」


「はあ、はあ……先生は、そういうのじゃなくて……魔法の、練習……してくれてたから……」


 もしこの場にクロースがいれば、「何の話??」と首を傾げたことだろうが、エリムはそう認識していた。


 連日傀儡魔法で襲撃されながら、それでもしつこく正面から近付き、絡め手の一つも弄しなかった理由は、エリムの魔法を上達させようとしていたのではないか、と。


 当然、そんな意図は全くなかったが。


「それ以外は……何をしろとも言わないで、ずっと傍にいてくれたの……」


「ふーん……相手に合わせて鍛える内容も変えてるのかしら。流石は師匠ね!」


 ただ英雄に憧れるだけの平凡な少女だった自分の才能を見出し、魔人を打ち倒して王立騎士団に見習いとして入団するほどの力を与えてくれたクロースのことを、アイシアは心底信頼している。


 自分とも互角に渡り合えるエリムという存在を育て上げたのだから、自分と違う訓練内容だということにも確固たる理由があるのだろう。


 クロースのことを嬉しそうに語るエリムの姿からも、それは間違いないと考えた。


「それじゃあ、これからはゆっくり歩きましょうか。ほら、立って!」


「うん……ありがとう……」


 手を繋ぎ、今度はゆっくりと歩き出す。


 お店を巡り、食べ歩きなどしながら過ごすのは、エリムにとっては当然生まれて初めてのこと。

 あまり人慣れしていないのもあり、アイシアにぴったりくっ付いているのだが……彼女自身が意識してそれをしているわけではなく、見知らぬ他人ばかりの空間で、クロースという共通点を持っているアイシアが唯一頼れる存在だからだろう。


 それが余計に、アイシアの庇護欲を掻き立てていた。


(師匠……私のライバルにこの子を選んでくれてありがとう!!)


 別に選んでないが、というクロースの声は当然届くことはなく、まるで姉妹のように世話を焼くアイシア。


 しかし、いくら肩書きだけ並べれば王立騎士団見習いと王女様とはいえ、傍から見れば無防備でか弱い少女二人である。


 慣れない王都散策ということで、あまり人目のない場所に迷い込んだことも相まって、アイシアとエリムは柄の悪い男達三人に囲まれてしまっていた。


「…………」


「エリム、大丈夫よ。ここは私に任せなさい」


 どう対応したらいいか分からず怯えるエリムを庇うように、アイシアが前に出る。


 そんな二人へ、男達は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ははは、そんなに警戒すんなよ、俺達はただ、迷子のお子様達をママのところまで連れて行ってあげようとしてるだけだぜ~?」

「ちょ~っとばかし、お礼を頂くつもりではあるがなぁ」


 どうやら、目の前の男達は自分達を誘拐して身代金をふんだくるつもりらしいと、アイシアは察する。


 アイシアはまだしも、エリムの身なりは王女なだけあって非常に良い。いくらお忍びとはいえ、それでも裕福な商家の娘くらいには見えるだろう。

 隠すつもりもない態度は、それだけ二人のことを舐めている証拠だ。


 目の前の少女達が、どれほど化け物かも知らずに。


「ふふふ、実はね、エリムと戦った時に新しい魔法のアイデアが浮かんだのよ。それを試させて貰うわ」


 ニコニコ笑顔で、アイシアは魔力を練り上げる。


 ──アイシアの攻撃は手数と速度に優れるが、一撃の重さが足りていない。

 エリムの守りを突破するのに苦労していたのも、やはりその威力不足が響いていたのが大きいと言えよう。


 故に、考えたのだ。

 どんな守りも打ち崩せる、必殺の魔法を。


「お、おい……?」

「こ、このガキ、魔法使い……!?」


「さああんた達、上手く避けなさいよ!! 《闇巨剣ダークブレード》!!」


 収束された魔力が空中で闇の巨剣を生成し、バチバチと黒い火花を散らす。

 恐ろしい光景に、男達は「ひっ」と声を引き攣らせながら、全力で伏せる。


 その頭上を、巨大な黒剣が飛来した。


「うおりゃあぁぁぁぁ!!」


 巨剣は上空へと消えていくが、その余波だけで付近の屋根が弾け飛ぶ。

 思った以上に周辺被害が出てしまったことに、アイシアは「あーっ!!」と声を上げたが、それは男達をビビらせるにはあまりにも十分過ぎる威力を誇っていて。


 男達は悲鳴を上げながら、その場から逃げ出していくのだった。

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