第12話 騎士団の指導官になってしまった

 俺の教え子達……アイシアとエリムの常軌を逸した激突は、騎士団長の一喝によって幕を閉じた。


 いくらなんでも訓練の域を超えてる、やり過ぎだ、と。


 俺としては非常にホッとする一幕だったんだけど、そこからが問題だったんだ。


 なんとこの団長……グレオさんは、俺に騎士団の特別顧問をしてくれないかとか言い出したんだよ。


「アイシアのみならず、あのエリム王女をこの短期間で急成長させた手腕、是非とも俺の部下達で発揮してくれないか?」


「いやいやいやいや、俺に騎士の指導なんて無理ですって、あの二人は勝手に育っただけです」


 いや本当に、マジで。


「まあまあまあまあ、ひとまず一日だけ! 一日だけでいいから!」


 必死に自分の功績じゃないと訴えたのだが、グレオさんは聞く耳を持ってくれなかった。


 そういやこの人、ゲームでも割と強引な感じあったな!! 変な疑問を挟まずにストーリーを進行させるのに必要なキャラなんだろうって思ってたけど、いざ目の前にすると厄介だぞこいつ!!


「はあ……一日だけですよ?」


「ああ。評判が良ければ延長をお願いするかもしれんがな、ガハハ!」


 うん、これは絶対に評判を落とさなきゃならんな。


 アイシアを育てて魔人を撃破した時点で、モブの役割は終わってるんだ、これ以上ややこしい事になる前に、元のモブに戻らせて貰わないと。


「それでは指導官殿、最初の指示を頼みます!」


 グレオさんがふざけて(?)敬礼なんぞしながら俺にそう頼むと、騎士全員がそれに倣って俺の前にビシリと整列し、一斉に敬礼する。


 俺のような素人が見ても、惚れ惚れするほど統率された動きだ。誰もが必死に訓練を重ねて来たのだろうと、直接訓練の様子を見なくとも容易に想像出来てしまう。


 こんな連中に、何を教えろと?


 ぶっちゃけ、適当な指示を出して放置すれば、それだけで失望されることは間違いないだろう。


 だが、ただ失望されるだけでは足りない。

 期待外れだと落胆させ……ついでに、今まさに俺の左右の腕にへばりついて火花を散らすヒロインアイシアボスキャラエリムの二人にも、少しは現実を見て貰わなければ!


「……では、俺から一つだけ、お前達に指示を出す」 


 無駄に畏まった騎士達に合わせるように、俺も少しだけ威厳(?)を感じる言葉遣いで口を開く。


 どこからともなくゴクリと唾を飲む音が聞こえ、アイシアとエリムの二人でさえそれを聞き逃すまいと真面目な顔で俺に注目する。


 ……いやあの、これ騎士達への指示で……まあ、いいか。


「今日はもう帰宅しろ。そして明日までは全員休暇を取り、英気を養え。以上だ!」


 俺の堂々たる「訓練をサボれ!!」という宣言は、騎士達の間に動揺を走らせるには十分だったらしい。ザワザワと、それまでの統率が嘘のように騒がしくなる。


「静まれ!! ……クロース殿、出来れば意図のご説明を頂きたいのですが」


 意図なんかないよ、ただ失望されたくてやったんだし。


 なので、それに対する返答も適当なものになる。


「お前達は見るからに疲労が溜まっているからだ。たまには休みを取り、何のための訓練か己を見つめ直せ」


 いや知らんけど。王立騎士団ってくらいだし、きっと俺が想像してるよりはずっと厳しい訓練をしてるんじゃない? と思ったんだ。


 後、適当な指示で効果のない訓練をさせるより、「休みだ!!」ってなった方が俺への失望がそのまま恨みに変わらなくて済むだろうっていう打算かな。


 だからまあ、真面目な騎士の皆さんにご納得頂けるような理屈はないわけで……「本当にそれでいいのか?」って感じで、未だに戸惑いの空気が漂ってる。


「あなた達、私の師匠の言うことが聞けないの? そんなだから私より弱いのよ!!」


 そんな騎士達へ、アイシアがとんでもない爆弾を放り込んだ。


 やめろ、別にお前は俺がいたから強くなったわけじゃないから、純然たる才能の暴力だから。


「先生の言うことは、聞くべき……王女命令」


 エリムもそんなことに王女命令を使わないでくれ。別にそこまで強制するものじゃないから。


「……嫌なら別にやらなくてもいい。ただ、その時は俺の指導継続の話も当然なしってことで」


 お互いの妥協点として、俺はそう提案する。


 ぶっちゃけ、これを受領してくれるのが一番手っ取り早いんだけど……。


「クロース殿、休むのは分かりましたが、流石に全員というのは……騎士の仕事は訓練ばかりでもありませんし……」


 アイシアに負けてた例の若手騎士から、そんなことを言われてしまった。


 ……うーむ、確かに、言われてみれば当たり前だよな。どうしよう。


「それは俺がやっておくから、お前達は気にせず休め。休暇が足りていないのは事実だったしな」


 すると、グレオさんがそう言って俺の指示をフォローし始めた。


 ……訓練以外の騎士の業務って、団長一人で処理できるもんなの?


 正直疑問なんだけど、グレオさんの言葉が後押しとなったのか、騎士が一人前に進み出た。


「……分かりました、俺は全力で休みます!! それが自分の成長に繋がるというのなら!!」

「俺もです、そこに少しでも可能性があるのなら、やらない理由はない!!」

「私も!!」

「僕もだ!!」


 なぜか皆さん、今から過酷な訓練に赴くかのような覚悟で宣言し始める。


 いやあの、ただ休めって言っただけだよ? なんでそこまで必死なの? 訓練しないと死んじゃう病気にでもかかってるの君達?


「よし、ではクロース指導官の指示に従い、我ら騎士団は明日まで休暇とする!! 解散!!」


「「「はっ!!」」」


 本当に解散してしまう騎士達を見て、今更ながら怖くなってきたけど……まあ、大丈夫だよね?


 ちょっと不安になってきた俺に、アイシアとエリムが声をかけてくる。


「師匠、私達は? 私達もお休み? それなら一緒にお散歩しましょ! 私、せっかく王都に来たんだから、妹にお土産を買ってあげたいの!」


「お休みなら……先生と一緒にいたい……」


 二人揃ってデート(?)のお誘いをしてくるのだが……そこで俺は、ここにエリムを連れてきた本来の目的を思い出す。


「俺は外せない用事があるから、お前達も二人で過ごせ。ただし、勝負とかは無しだぞ、そんなことしたらもう何も教えてやらないからな」


「「っ……!?」」


 俺の一言がよっぽどショックだったのか、揃ってこの世の終わりみたいな顔をする。


 そしてお互いを見つめ、渋々といった様子で手を繋いだ。


「分かったわ、明日はコイツ……じゃなくてエリムと一緒に王都巡りします……」


「私も、アイシアといるから……先生、見捨てないで……」


 ぶすーっと不満そうなアイシアと、本当に寂しそうに震えるエリム。


 アイシアは拗ねてるだけで可愛いもんだけど、エリムは正直心が痛む。

 が、ここで二人が仲良くなって貰うのは、俺がモブに戻りつつこの国の平和を守るために非常に重要なピース……だと思うので、頑張って貰おう。


 ……いや待て、王女と一緒に王都巡りなんて出来るのか?


 えっ、力付くで抜け出すから大丈夫って? いや、大丈夫じゃなくね?


「クロース殿」


 そう思っていたら、最後に団長のグレオさんに声をかけられた。


 結果的に、俺の適当な指示によって騎士団の業務を一人でこなす羽目になってしまったわけだし、謝っておこう。


「すみません、団長殿。負担を押し付けるような格好になってしまい……」


「いえいえ、構いませんとも。自分としましても、クロース殿ご自身の実力には興味がありますからな。何を企んでいるかは分かりませんが、期待しておりますぞ」


「……? はあ、よろしくお願いします?」


 え、なんでこの流れで俺の実力がどうこうなんて話になるの? 意味が分からないんだけど?


 そんな俺の疑問を余所に、グレオさんは意味深な笑みを浮かべ続けるのだった。

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