第11話 弟子同士の激突
突如始まったアイシアとエリムの対決を前に、集まっていた騎士達は好奇心と緊張の狭間で揺れていた。
たった今、王立騎士団
そのあまりにも優れ過ぎていた才能を持て余し、近づく者全てを再起不能にしてきたという悪名を持つ暴虐の姫君だ。
とはいえ、どれほど悪名高い存在だろうと王女は王女。模擬戦とはいえ、騎士見習いと一騎打ちなど、バレれば大問題となるのでは? と誰もが思う。
しかし同時に、知りたいと誰もが思っていた。
アイシアという怪物を育て上げたクロース・デトラーが、エリム王女をこの一週間でどう教育してみせたのかを。こうしてアイシアと対峙させた意味を。
──副団長を倒したアイシアに、それくらい当然だとばかりに上を目指せと告げるような少年だ。きっとこの勝負にも意味があるのだろう。
口に出さずとも、誰もがその思いを共有していた。
当の本人が、誰よりも一番この状況に困惑しているとも知らずに。
(師匠が用意してくれた私のライバル……お手並み拝見ね!!)
周囲と同じような勘違いをしたアイシアもまた、エリムを全力で叩きのめすつもりでいた。
クロースは完璧に忘れているが、「いずれお前には素晴らしい好敵手が現れる」という言葉をしっかりと覚えていたアイシアは、目の前の王女こそが“そう”なのだと確信していたのだ。
「行くわよ!!」
副団長を倒しても満足しなかったクロースが、わざわざ用意した相手なのだ。間違いなくそれより強いのだろう。
そんな思い込みのまま、本当に容赦なくナイフを構え、必殺の意志を込めて神速の刺突を見舞う。
もしエリムが普通の王女なら、それで即死していたかもしれない。
しかし……エリムもまた、決して普通の王女ではなかった。
「《ママ、お願い。私を守って》」
「っ!?」
唯一部屋から持ち出したウサギのぬいぐるみが、エリムの言葉に反応して動き出す。
ただの布と綿で構成されたウサギが高速で宙を舞い、迫る神速の刃を受け止める。
ナイフが纏う闇色の魔力と、ぬいぐるみが纏う紫紺の魔力が火花を散らし、拮抗。それを見て、アイシアは一旦距離を取った。
その一瞬の攻防に、見守っていた騎士達も「おお……!!」と歓声を上げる。
「へえ……やるじゃない。手加減したつもりはなかったんだけど」
「今ので全力……? なら、拍子抜け」
「ふん……まだこれからよ!!」
アイシアが叫ぶと同時に、周囲に無数の漆黒のナイフが出現する。
魔力のみで構成された、純粋な魔法の刃だ。
「これは防ぎ切れるかしら? 《
全方位から隙間なく迫り来る刃は、ぬいぐるみ一体では到底防ぎきれない。
しかし、そんなアイシアの攻撃を見ても焦ることはなく、エリムは左手を掲げ──その指先から、紫紺の糸を大地へ垂らした。
「《石の礫、全部撃ち落として》」
エリムの“命令”を受けた大地が、地割れを起こして崩壊する。
そうして生まれた無数の石礫が宙を舞い、闇刃を次々と迎撃していったのだ。
その結果を見せつけるように、エリムは鼻を鳴らして……それを隙と見たアイシアは、死角から一気に襲い掛かった。
完全な不意打ち。意識はこちらに向いていない。
そう確信した一撃だったが、先程のぬいぐるみが間に割り込み、アイシアの攻撃を防ぐ。
またしても自慢の攻撃が上手くいかなかったことに、アイシアは唇を尖らせた。
「あーもう、あんたの魔法何なのよ! 今の、絶対私の動きに気付いてなかったでしょ!!」
「私が気付くかどうかなんて関係ない……私の魔法は、物に擬似的な命を与える魔法……“ママ”は、私が意識しようとしまいと、絶対に私を守ってくれる……あなたには、破れない」
「へえ……!! でも、守るだけじゃ勝てないわよ?」
「知ってる……だから、こうする」
石礫を操る左手とは別に、右の手を新たに掲げ……紫紺の糸を、再び大地へと伸ばす。
既に崩れた大地から岩の破片を次々と持ち上げ、一つに纏め……やがてそれは、岩の巨人となって大地に立つ。
「《パパ、あいつやっつけて》」
「うわっとぉ!?」
“パパ”と名付けられた岩の巨人が、見た目よりも軽快な動きで拳を振るい、アイシアへと殴り掛かる。
それをひらりと回避したアイシアは、すぐさま反撃の闇刃を岩巨人へ叩き込むが……元より手数と速度を優先した魔法だ、傀儡魔法によって強化された岩を破壊するのは難しかった。
「ふん、壊せないならそれでもいいわ。あんたの攻撃も守りも潜り抜けて、絶対あんたを倒してみせる!!」
「やれるものなら……!!」
速度と手数で翻弄するアイシアに、破壊力と鉄壁の守りで対抗するエリム。
とても幼い少女達の戦いとは思えない技の応酬に、騎士達は沸き立った。
「すげえ、なんて高度な戦いなんだ……!!」
「王女殿下、魔法を制御出来ないなんて言われていたが、全くそんな様子がないぞ。完璧に己のモノとして操っている!!」
「たった一週間で、ここまで変わるものなのか!? 一体どんな指導をしたんだ……!!」
などと言葉を交わす騎士達に、クロースはちょっと待てと言いたくなった。俺は、何もしていないぞと。
事実、エリムの強さは決してこの一週間で培われた訳ではなく、彼女自身が周囲に認められようと必死に積み上げてきた結果だ。クロースがいなくとも、やろうと思えば出来た。
しかし、周囲の印象は違う。エリムはつい先週まで魔法が制御出来ない問題児であり、幾人もの教育係を再起不能にした暴虐の姫君だ。
そんなお姫様が、ある日突然人前に姿を現したかと思えば、クロースの一番の生徒を名乗って圧倒的な実力を示したのである。
その変貌ぶりとクロースの存在を結び付けるのは、当然の結果だった。
「俺もあいつに教わったら、強くなれるかな……」
「後で聞いてみよう……」
周囲から突き刺さる騎士達の熱視線を受けながら、クロースは心の底から思った。
もう、お家帰りたい。
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