第9話 エリム王女の孤独

 エリム・デア・グランシア。今年十歳になる第一王女には、一つ大きな問題があった。


 素晴らしく優れた魔法の才能を持っていたが、完全にそれを持て余し、ほとんど制御出来ないのだ。


 周囲にある無機物を傀儡のように操り強化するその魔法は、エリムの感情に合わせて暴発し、周囲の人々に危害を加えてしまう。


 癇癪を起こせば暴れ回り、悲しみに暮れればその原因を排除しようと攻撃を始め、喜びにはしゃげば城の底や天井が破壊されるほどに跳ね回った。


 そんな王女の傍に好き好んで近付こうとする者など、いるはずもない。五歳になる頃には、エリムの家族はぬいぐるみだけになっていた。


 そのぬいぐるみでさえ、エリムのために贈られたわけではなく──未熟なエリムの傀儡魔法は、より“動かしやすいもの”を優先して操作するため、感情のままに暴れても脅威となりにくいものをと押し付けられただけだ。


 ぬいぐるみ以外は、ベッドは地面に固定され、クローゼットも壁に埋め込むタイプで、衣類はハンガーもなしに重ねられているだけ。

 王女であれば当然あって然るべき鏡や化粧品の類も、部屋を飾り付ける目的の調度品、絵本やペンの一本に至るまで、あらゆる物が排除されている。


 そんな状況で部屋に監禁されて、歪まないはずがなかった。


「ぐすっ……ひぐっ……何が、教育係よ……どうせ、みんな……お父様だって……私のことなんて……」


 誰もいない……と思い込んでいる部屋の中で、エリムはぬいぐるみに顔を埋めて泣いていた。


 彼女自身、全く努力して来なかったわけではない。

 初めて来た教育係に「魔法がきちんと制御出来るようになれば陛下にお目通りも叶うでしょう」と言われ、父親に会いたい一心で必死に頑張ったのだ。


 しかし……いくら魔法が上達しようと、その希望が叶うことはなかった。


 “丸一日魔力を抑え込めるようになれば会える”と言われ成し遂げれば、“じっと集中しながらでなら誰でも出来る”と否定され、“嫌なことが起きても癇癪を起こさないようになれば会える”と言われて、嫌がらせ染みた指導を必死に我慢すれば、今度は“ああ、そんなことも言いましたか”と約束ごと忘れられていた。


 そんなことを繰り返され、我慢の限界を超えたエリムは……六歳の時に酷い暴発事故を引き起こし、初めての教育係を再起不能にしたのだ。


 “教育係の選定を誤ったと陛下も悔いている”、“もう一度共に努力しよう”と後任の教育係から言われたが、その時には既に、エリムは誰の言葉も信じられなくなっていた。


 魔法が制御出来ないから会えないなんて、ただの建前だ。本当は、こんな力を持って生まれた娘なんてもう会いたくないんだ。


 そう考えたエリムは、以降四年間近付こうとする人間全てを拒絶し、食事さえも担当のメイドが部屋の前に置いて立ち去るまで手を付けない有様となっていた。


「どうせ、あいつも同じ……私に関わりたくなんてないのに、お父様に言われて無理やり連れてこられただけなんでしょ……! どうせみんな、私の力を知ったらいなくなっていくんだから……だったらもう、最初から私に近付いて来ないでよ……私を期待させないでよ……!! もうみんな、みんな大っ嫌い……!!」


 部屋に一人きりだと思っているからこそ吐ける、エリムの心からの本音。


 しかし間の悪いことに、脱出し損ねたクロースが体を透明化したままバッチリとそれを聞いてしまっていた。


(いや、ちょっと……これを聞いたら、今更教育係なんてやりたくないですとは言えないじゃん……!!)


 クロースは正しく、やりたくないのに王命で無理やり教育係にされた立場である。何なら、「指導しようと思いましたが力及ばず……」と適当な口実を作るためだけに、今日ここに会いに来たと言っていい。


 しかし、そんな行為が僅か十歳の少女を傷付けていると言われて何も感じないほど、クロースも良心を捨てていなかった。


 まして、そこにいるのはゲームにおけるボスキャラの一人であり、二年後には完全に闇堕ちして殺戮の限りを尽くす運命にある。


 それを知りながら、変えられるかもしれない立場に収まりながら何もしないで逃げ出すというのは、流石に罪悪感で死にそうだった。


(とはいえ俺に何が出来るという話なんだが)


 ハッキリ言って、クロースがエリムと関わるのは力不足もいいところだった。


 元々力が弱かった故に魔法の制御そのものはさほど苦労せず習得出来たクロースには、エリムの魔法を制御する方法など分かるはずもないし、うっかり暴発に巻き込まれれば間違いなく即死する。


 そんなクロースに出来ることがあるとすれば……。


(幻を使ってここに通い続けるくらいしかないかぁ)


 かけられる言葉もない。寄り添って触れてやる度胸もない。が、“誰かが傍にいる”気にさせることくらいは出来るだろう。


(それで少しは、歪んだ性格が丸くなる……といいな!)


 希望的観測を胸に抱きながら、クロースは幻を使って姿を現したフリをし、その後ろから声を発するという形でコミュニケーションを取ろうと試みる。


「エリム王女、先程は名乗るのを忘れておりましたが、自分はクロース・デトラーと申します。今日からよろしくお願いしますね」


「っ!? あなた、どこから……出てって……!!」


 ボフンッ!! と凄まじい威力を感じさせるクマパンチによって幻の体が消し去られるのを見ながら、クロースは思う。本当に、こんなやり方で丸くなるのだろうかと。


 しかし、彼はエリムの独白を聞いてなお、理解しきってはいなかった。彼女がどれほど人の愛情に飢え、自らの孤独に絶望していたのかということを。


 そんな彼女に対し、何を求めることも何を否定することもなく、どれほど攻撃されようと変わらず傍に居続けるという行為が、どれほど大きな意味を持つのかを。


 この日以降、連日欠かさず会いに来るクロースにエリムが心を開き……少々過剰なほど依存するようになるまでに、それほど長い時間は必要なかった。

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