第8話 王女様の教育係

 アイシアを王立騎士団に押し付けて、破滅フラグを回避し終えた俺は無事お役御免……と考えていたのに、なぜか陛下から追加のお仕事を頼まれてしまった。


 どうも、アイシアの俺に対する評価がべらぼうに高いのを見て、変な期待を持ってしまったらしい。


 丁重にお断りしたかったんだが、王命を拒否なんて出来るわけもない。

 仕方ないので、その王女様に会うだけ会ってみるか。


「むぅ……師匠、最初からこうなることを狙っていたんですね」


 困った困ったと思いながら王城の廊下を歩いていると、隣を歩くアイシアからそんな指摘を貰ってしまった。


 いや、そんなわけあるかい。


「俺はお前を王立騎士団に任せられれば、それで満足だったよ。まさかこんなことになるとはね」


「そんなこと言って、私は誤魔化されませんからね! まあ、師匠がそのつもりなら、私は信じて待つだけですけど」


 いや、お前は俺の何を信じてるんだ? どんな期待をされても、俺はそれに応えられないよ。


 何せ……アイシアはゲームに存在したキャラだからまだしも、エリム王女なんてキャラはいた記憶がないし。


 いくら自由度の高い育成ゲームだったからって、名も無きモブキャラを英雄に育てられたら苦労はないだろう。


「待つんじゃなくて、ちゃんと王立騎士団に入って指導して貰え。この国の騎士はみんな強いからな、お前も学ぶことは多いはずだ」


「分かってますよ。師匠以外の人に教わるのはちょっと嫌ですけど、騎士団に入れば私の夢に近付くっていうことくらい分かってますし……なら、ちゃんと師匠の期待に応えて、増える予定の弟子に威張れるくらい活躍してみせます! 私が一番弟子だぞって!」


 いや、別に弟子が増えるわけじゃないし、むしろお前が卒業したから減るんだが……言っても聞かない気がするし、まあいいや。


 そんなわけで、陛下から課せられた模擬戦による入団テストを受けるため、アイシアが衛兵に連れられて訓練場へ向かっていった。


 父さんにも、アイシアのことを見ててやってくれって頼んだから、俺は一人で王女様に会いに行かないとな。


「さて、どんな子なのかねえ」


 というか、そもそも陛下は俺に何を期待してるんだろうか?


 “英雄の卵を育て上げた実績”って言ってたから、同じように強くしてくれることを願ってるんだろうと思ってたけど……相手は王女様なんだろ? 戦っちゃダメじゃね?


 それこそゲームなら、王女様とかが最前線に立って戦うなんてありふれてるけどさ……ここ、一応現実だよ?


「んー……もしかしたら、やんちゃな王女様の遊び相手になって欲しいとか、そういう話なのかもしれないな」


 そう考えたら、色々と辻褄が合うかもしれない。


 いきなりどこの馬の骨とも知れない俺に教育係を頼んだのも、魔人殺しの師匠ならそう簡単に壊れないだろうし、壊れたとしてもさして痛くない存在だから……とか。


「……あれ、ひょっとしてこれ、結構危ない仕事なんじゃ?」


 一抹の不安が、俺の脳裏を過る。


 それを肯定するように、俺が王女様の部屋の位置を尋ねたメイド達は、まるで俺を気の毒な仕事を押し付けられた被害者みたいな目で見てくるし……。


「……よし、ファーストコンタクトは慎重に行こう」


 王女様の部屋を目の前にして、俺はそう決意する。


 まず一つ深呼吸した後、丁寧なに扉をノック。


「エリム王女様、おられますか?」


 反応、なし。


 王女様は引きこもりだそうなので、聞くまでもなくここにいるはずなのだが……うーむ。


「入りますよー?」


 扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。


 さて、王女様はどういう反応を示すのか、と緊張の第一歩を踏み出したところで──


 俺の前に、巨大なクマのぬいぐるみが立ちはだかった。


「……は?」


 なぜクマ? なぜぬいぐるみ? そしてなぜこんな扉の真ん前に?


 数々の疑問が浮かぶ中、クマのぬいぐるみはゆっくりと腕を振り上げ……俺に向かって、躊躇なく振り抜いた。


「ぬおぉぉぉぉ!?」


 俺がそれを回避出来たのは、単なる偶然だった。


 いきなり鎮座していたクマのぬいぐるみにビビって、最初から腰が引けていたから……そのまま腰を抜かしたら、たまたま目前をぬいぐるみの拳が通過していった感じ。


 直撃したら、俺死んでたんじゃね? とちびりそうになっていると、部屋の中から可愛らしい幼女の声が聞こえてきた。


「帰って……私の部屋に、誰も入らないでって……いつも、言ってるでしょ……」


 ぬいぐるみの奥に見えたのは、金色の髪をボサボサにした十歳くらいの女の子。


 ベッドの端に座り込んでるんだけど、その腕にも周囲にも、数え切れないくらいたくさんのぬいぐるみに囲まれていた。


 彼女が、俺に指導しろと陛下が指示したエリム王女なんだろう。


「えー……そういうわけにもいかないのです。自分はその、陛下に頼まれて、あなた様の教育係に任命されましたので……」


 育てるのは無理だが、せめてそれらしいポーズは取らないと俺の首が物理的に飛びかねん。


 だから受け入れてくれとお願いする俺に、エリム王女は……巨大ぬいぐるみのクマパンチで返答した。


「出てって……私の先生も友達も、家族も……この子達がいるから、もういらない……!!」


 迫り来るクマパンチ。

 運動神経絶無の俺では、とても回避など出来ようはずもない。


 しかし、俺には得意の幻影魔法があるので、一度殴られかけた時点で本物の体は離れた位置に退避しておいた。


 何もない虚空を殴り、何事も無かったかのようにその場に立ち続ける俺(幻)。


 それを見て、エリム王女は目を丸くして……益々意固地になったかのように、周囲のぬいぐるみ達を宙に浮かび上がらせた。


「早く……出てって……!!」


「ええと……分かりました、今日のところは出ていきますから、一旦落ち着いて……」


 こりゃあダメだと、お手上げのポーズで幻の俺に部屋を後にさせる。


 さて、後はエリム王女が落ち着いたところで、こっそり本体の俺も抜け出して……と思ったところで、クマのぬいぐるみが律儀に扉を閉めてしまった。


 透明化したまま、王女様の部屋に一人取り残されてしまう俺。


 ……あれ、これってどうやって脱出すればいいんだ?


「もう……放っておいてよ……」


 エリム王女の独白を聞きながら、俺は途方に暮れる。


 ただまあ、そのお陰と言っていいのかどうか……改めて、王女様のことをゆっくり観察することが出来た。


 陛下とあんまり似ていない、可愛らしい女の子なんだけど……うーん、こうして近くで見ると、何となく見覚えが……。


「……あ」


 思わず声が出そうになって、慌てて口を閉じる。


 ……そうだ、エリム。こいつ、悪姫エリムだ!!


 なんで思い出せなかったんだと自分を罵倒しながらも、仕方ないじゃんと自分を慰める。


 その名前のキャラは、味方キャラじゃない。敵キャラとして、主人公達に立ちはだかるキャラなんだ。そして……。


 王立騎士団を壊滅させ、主人公の師匠である団長をもぶち殺すという……それはもう、恐ろしいことをしでかすキャラなのだ。

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