第7話 王家の呼び出し

 アイシアが、魔人……オーガを撃破した。


 それはもう、圧倒的な快勝だったよ。掠り傷一つ負ってないし、何なら戦っている最中にもどんどん強くなっていってたし。


 まあ、それはいいんだ。それこそが、俺が周囲を騙してまでアイシアを拾って育て上げた理由だったんだし、これで死亡フラグも回避出来ただろう。


 問題があるとすれば、それは……。


「師匠、次は何を教えてくれるんですか?」


 オーガを撃破した後も、当たり前のように俺に教えを乞いにデトラー家の屋敷にやって来ることだ。

 いや、いずれ俺の腹心にするって言って指導したんだから、ある意味当たり前なんだけど……だからって、これまで通り俺に教えて貰おうと瞳を輝かせるアイシアを前に、俺は思わず頭を抱えた。


「あのな、アイシア。もうお前は俺の弟子に収まる器じゃない、卒業だ。これからは自分の力で腕を磨いていくんだ」


「そんな!! 私、まだまだ師匠からたくさん教わりたいことがあるのに!!」


 お前は一体このへっぽこから何を教わるつもりなんだ。ほぼ最初から俺より強かったのに。


「あー……お前には、すぐに素晴らしい好敵手が現れる。そいつと切磋琢磨することが、これから先強くなるのに最適な道なんだ」


「好敵手ですか?」


「ああ」


 この魔人襲撃イベントの後、アイシアは主人公の少年と出会い、より強くなるためにその技を学び取ろうと同行を申し出る。

 主人公をライバル視し、競い合う中で、やがて魔王を討ち果たす一助となるほどの実力を身に着けるんだ。


 随分と展開は変わったけど、アイシアもいずれはそうなるだろう。


「分かりました。それで、その好敵手はどこにいるんですか?」


「あー、えーと……それはだな……」


 いやうん、主人公って、傭兵やってる義父と一緒にあちこち旅している中で、義父が魔人との戦いで命を落として……復讐ではなく、人々を守るために、義父の後を継ぐために立ち上がるって感じでストーリーが始まる。

 だから、具体的にどこにいるかってゲーム知識を持ってしても分からないんだよ。可能性が高い場所はいくつか知ってるけど、どれも絶対じゃない。


 どう答えたものかと、冷や汗を流しながら視線を彷徨わせて……そうしていると、屋敷の方から父さんの声が聞こえて来た。


「おい、クロース! それにアイシアちゃんも、そんなところで何をしてるんだ! 準備は終わったのか!?」


「父さん、どうしたんだよ、そんなに慌てて。準備って何?」


 本当に何の話か分からず、はてと首を傾げる。

 そんな俺達に、父さんも「あれ?」と怪訝な表情を浮かべた。


「聞いていないのか? 魔人が出現しただけでも一大事だというのに、それを討伐までしたんだ。その戦闘に携わった者全員を連れて来いと、王家から呼び出しがかかっている。言っていなかったか?」


「いや、聞いてないんだけど」


「そうだったか? それはすまん……」


 ともかくそういうわけだから、早く準備しろと急かされてしまう。


 俺、同行しただけで何もしてないし、行く必要なくない? って感じなんだけど、ザ・平民で礼儀作法も何も知らない(敬語だけは最近なんとか覚えた)アイシアを一人で国王の前に放り出すのは、流石に非情に過ぎる。


 全員来いという命令みたいだし、行くしかないだろう。


「……というわけだ、まずは王都に向かうぞ、アイシア」


「分かりました! えへへ、楽しみです!」


 初めての王都ということで浮かれてるのかな? 随分とノリノリというか、やる気満々な様子のアイシアを見て、この調子なら国王の前でも緊張しなさそうだなー、なんて呑気に考える。


 こうして俺達は、急遽王都へ向かうことになるのだった。





「おお……!! ここが王都なんだ、すごい、大都会!!」


「あんまりはしゃいでると、馬車から落ちるぞ。ちゃんと座ってろ」


「はーい」


 こうして世話を焼いてると、弟子というより妹でも出来たみたいだな。

 ハーレムゲーよろしく、こいつもいずれは主人公と恋に落ちるんだけど……今の姿からは、とてもそんな未来が待っているとは想像もつかない。


 まだまだ子供ってことか、なんて呟きつつ、俺も何となしに到着したばかりの王都の景色を眺めてみた。


 正直、アイシアがはしゃぎたくなる気持ちも分かるほどに、発展した都市だ。

 流石に、前世の高層ビル群と比べれば見劣りするかもしれないが、往来する人の多さでいえばいい勝負かもしれない。


 こっちは馬車に乗ってるんだが、下手すれば徒歩より遅いんじゃないかってくらい徐行してるし、そうじゃないとすぐに事故を起こすだろう。そう確信出来てしまう。


 デトラー男爵領は本当にド田舎で、利便性なんて遥か彼方に投げ捨てた土地なんだけど……出店が並び、ガラス張りのレストランっぽい建物まで目にしてしまった俺は、そのあまりの格差に泣きたくなった。


 うちの周りは中世だったのに、ここだけ近代まで飛んでない? 何これ。


「いっそ王都に永住したいよ……」


「気持ちは分かるが、こっちで仕事にありつくのは大変だぞ。諦めろ」


「ははは……世知辛いなぁ」


 特に意味もない俺の呟きに反応したのは、対面に座る父さんだった。


 発展した都市ということは、当然その分物価も高い。

 そこで適切な仕事にありつくには、より優れた技術なりなんなりが必要になるわけで……自分にそんなものがないことは、誰よりも俺がよく分かっている。


 いや、幻影魔法を使った大道芸人とかならワンチャンあるか? どうだろう?


「そろそろ着くぞ」


 父さんの声に反応して前を見れば、向かう先に見えるのはそれこそ高層ビルにだって負けない巨大建造物……国王の住まう王城だ。


 いや、確かあれはあくまで行政の中心で、国王の住居は別に王宮があるんだっけ?

 まあ、細かいことはいいや。ともかく、あの王城の中で俺達は国王と面会しなきゃならないんだ。


「アイシア、礼儀作法を今更とやかく言っても付け焼き刃にすらならないけど、せめて余計なことは言わないようにな」


 黙っていれば、多少悪くてもスルーしてくれるだろうし。多分。


「分かりました、師匠!」


 元気な返事に、ちょっとばかり不安を覚えながらも、俺達は馬車を降りて王城の中へ案内されていく。


 通常、デトラー家の護衛騎士達はここで別れるんだけど、今日はその護衛騎士……ゴードン達も呼ばれているので、俺達と同行だ。


 やがて到着したのは、見上げるほどの巨大な扉の先にある、玉座の間。そこで堂々たる態度で俺達を待っていたのは、老齢な体に鋭い眼光を宿す国王……アーランド・デア・グランシア陛下その人だった。


「待っていたぞ、男爵。壮健なようで何よりだ」


「陛下こそ、ご無事な姿を拝謁出来たこと、光栄至極に存じます。この度は陛下のご招待を賜ったこと、感謝の念に堪えません」


 まず真っ先に礼を取ったのは、俺達の代表たる父さんだ。

 今まで家で一緒に暮らしていて一度も見たことがないくらいに丁寧な態度に、丁寧な口調。正直、本当に父さんか思わず二度見しそうになったよ。


 そんな父さんの挨拶に満足気に頷きながら、アーランド陛下の眼差しは後ろに控える俺達に向いた。


「そなた達が、魔人討伐の英雄だな? 名を聞かせてくれ」


「グランゾ・デトラー男爵が長子、クロース・デトラーと申します。そしてこちらの少女が、魔人討伐の英雄……アイシアでございます」


「ほう……?」


 家名を告げなかったことから、平民であると察して貰えたのだろう。陛下の目が興味深そうに細められる。


 そこへ畳みかけるように、俺は言葉を重ねた。


「この娘は私の教え子であり、素晴らしい才能を持つ魔法剣士です。いずれは我が国で五指に入る実力者になるだろうと、私は確信しております」


「ほほう、それほどか」


「はい。もはや、私のような非才の身では、教えることなど何もないほどです」


 ぐりん、と俺の隣で膝を突いていたアイシアの目がこちらへ向けられる。


 こら、大人しくしてろ。陛下の御前だぞ。


「魔人を討伐したという功績から考えても、その素質は十分過ぎるほどに証明されたと言っていいでしょう。陛下、どうかアイシアを、王立騎士団の見習いとして入団させて貰えませんか?」


 王都に来るまでの間、ずっと考えていた。どうしたら、アイシアとかいう常軌を逸した怪物をスムーズに俺の手から離し、ここから先の育成を誰かに押し付けられるだろうかと。


 その意味では、王立騎士団は完璧だ。団長は後に主人公の師匠になるくらいの腕前だし、隊長格にも強者は何人もいる。


 何なら、この国が魔人の脅威に晒されながらも存続出来ているのは、王立騎士団が化け物揃いだからっていうのが理由のほとんどだしな。


 彼らなら、既に魔人を単独討伐するほどに強くなった今のアイシアを預けても、更に強くしてくれるはずだ。


「ちょっと師匠!! どういうこと!? 私、まだ師匠から教えて貰いたいことがたくさんあるって言ったじゃない!!」


「落ち着けって、アイシア……」


「大体、私が入隊するなら師匠もでしょ? 私より師匠の方が強いのに!!」


 我慢出来なかったのか、アイシアが騒ぎ始めた。

 うーん、どうせ説得出来ないだろうし、勢いで押し切ろうと思ったんだけど……流石に無理があったか?


 というか、俺の方が強いって、そんなわけあるかい。余計な誤解を生んだらどうするんだ、やめてくれ。


「ふはははは! 面白いな」


 このままだと不敬罪とかで処罰されるのでは? と焦り始めた俺の耳に、陛下の笑い声が聞こえて来た。


 思わぬ反応に驚いていると、陛下はなぜかアイシアではなく俺を見て、口を開く。


「クロースと言ったな。そなたの言う通り、魔人を討伐するほどの逸材であれば申し分ない、王立騎士団への推薦状を用意してやることも可能だろう」


 しかし、と陛下はそこで一呼吸置く。


「平民の、それも僅か十四歳の少女が入隊となれば無用な騒ぎを生むだろう。それを避けるために、お前達に一つ課題を与えようと思うのだ」


「陛下のご懸念は理解出来ます。喜んで……ん?」


 お前、"達"?


「アイシアと言ったな、そなたには騎士団の者と模擬戦を行い、魔人討伐の力が本物かどうかを確かめさせて貰う。そして、クロース……そなたには、英雄の卵を育て上げた腕を見込んで、頼みがある」


 嫌な予感しかしない、と冷や汗を流す俺に対し、陛下はニヤリと笑みを浮かべながら言った。


「我が娘……エリム・デア・グランシアの教育係を、そなたに任せたい。出来るな?」


 拒否権はないと、暗にそう告げる陛下の言葉に、俺は「はい」と頷くことしか出来なかった。


 ええと、その……どうしてこうなった?

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