第5話 初の実戦
アイシアがデトラー家で訓練を始めて、およそ一年が経った。
俺は十五歳、アイシアも十四歳になって、体も少しばかり大きくなり……アイシアの強さは、もう俺の手に負えないレベルになっている。
なんで幻を投射して作ってる俺の分身数に、ただ素早く動いてるだけのアイシアの分身(?)数が追い付くの? もう意味が分からん。
意味が分からな過ぎるので、最近はもう自主訓練をさせるようになってる。たとえルール上負けのない戦いでも、俺じゃあ相手にならないからな。
とはいえ、それだけではちゃんと強くなってるか不安なので、今日は実戦訓練ということで騎士達の魔物狩りに同行させて貰うことになった。
「坊ちゃんも魔物狩りに参加するような歳になったと思うと、感慨深いですねえ」
「やめてくれ、俺はオマケみたいなもんだ。今日はアイシアの訓練が主目的だからな」
しみじみと呟く四十代くらいのベテラン騎士……ゴードンに、俺はそう返す。
魔物は、大量の魔力を浴びることで変異した生物の総称だ。
強大な力と凶暴性を併せ持ち、更なる魔力を得ようと人を襲う習性がある。
人は生物の中でも魔人に次いで魔力量が多いからな、魔物にとってはよっぽど美味しい餌に見えるんだろう。
逆に魔人は、魔物を従える力を持っているので襲われないらしい。狡いと思うわ。
とまあ、魔人のことは一旦横に置いといて、そんな危険な魔物を放置していれば被害が出るため、領地持ちの貴族には魔物への対策が義務付けられている。
その内の一つが、今日こうして参加している魔物の定期掃討ってわけ。
「…………」
なんだけど、今日はいつも賑やかなアイシアが珍しく黙りこくっている。
初めての実戦ってことで、緊張してるんだろうか?
「アイシア」
「ひゃい!? な、なんですか師匠!!」
アイシアには、今日の戦いが訓練であることと同時に、いずれこの町が大きな災厄に見舞われる可能性が高いことを伝えてある。そして、その災厄を退けるのに、アイシアの力が必要だということも。
アイシア的には、俺が自力で退けられない災厄というのが一体どんな恐ろしいものなのかと、めちゃくちゃ怖くなってしまったらしい。
うん、俺はめちゃくちゃ弱いから、そこを基準にビビらないでくれ。そう勘違いするように仕向けたのは俺だから、ある意味仕方ないんだけどさ。
「そう心配するな、お前の実力は俺が一番よく知ってる。こんなところで負けることは絶対にないから、思い切り暴れて来い」
「師匠……はい、分かりました!!」
緊張が解れたのか、両手の拳を握って気合いを漲らせる。
そんなアイシアを見てホッとしていると、またもゴードンに声をかけられた。
「すっかり師匠が板につきましたねえ、坊ちゃん。参考までに、どうやってあんな怪物を育て上げたのか、その秘訣を教えてもらっても?」
「勝手に育ったんだよ、俺は何もしていない」
いや本当に。
「またまたぁ、坊ちゃんが分身しながら高速で動き回って木剣を振るうところ、何人も見てるんですからね? 一体どうやってあんな実力を身に付けたんですか?」
「独力で、としか言えないなぁ……」
「かーっ、これだから天才は! やっぱあれですかねえ、天才の理論は天才にしか理解出来ないってやつですか」
この会話からも分かる通り、アイシアの実力と……それを育て上げたのが俺だという情報は、既にデトラー家の全員に知られている。
俺は基本的にこっそりと訓練するばかりで、その成果を周囲に知られるような真似はして来なかったから、両親も含め「いつの間にそんなに強くなった!?」とびっくりしている。
いやだって、別にひけらかすほど強くなれなかったもん、俺。アイシアと会う頃には、異世界転生の浮かれ気分もとっくになくなってたし。
そして、強いのはアイシアだけだ、俺は違う。
「っと、そうこうしてるうちに来たみたいですよ」
ゴードンの雰囲気が一変し、他の騎士達も剣を抜く。
ほぼ同時に現れたのは、森に生息するごく一般的な魔物、ゴブリンだ。
緑色の肌を持った、大人の胸の高さくらいの大きさの小鬼で、魔人のなり損ないなんて言われたりもする。
そんな相手が、一度に十体ほど。
こちらの騎士はゴードン合わせて五人、アイシアと俺を合わせても七人なので、人数的には不利だ。
けど……。
「すぅー……よし、行ってきます、師匠!!」
うちのチート娘には、たかが十体のゴブリンなど相手にならなかった。
体格に合う剣はまだないからと、特別に用意して貰った戦闘用のナイフを抜いたアイシアは、忽然とその姿を消し──次の瞬間には、十体のゴブリン全ての首が宙を舞っていたのだ。
あまりの早業に、騎士達も全員唖然としている。
「あれ? もう終わり? 一歩も動かないなんて、死にたかったのかしら」
動かなかったんじゃなくて、動けなかったんだよ。
たかがゴブリンが、残像すら残るほどの超スピードに反応出来てたまるか。
「……ゴブリン相手ならそんなもんだよ。けど、緊張は解れたんじゃないか?」
「それは確かに、そうかもです」
「ならいい。まだ大物はいるから、油断はしないように頑張れ」
「分かりました、もっと頑張ります!」
気合いを入れ、ついには俺達全員を先導するように歩き出すアイシア。
その小さな背中を見ながら、ゴードンは今一度俺に問い掛けた。
「いや本当……どうやって育てたんですか、この怪物娘」
俺が知りたい。
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