第4話 アイシアの急成長

 アイシアの特訓を始めて、大体一ヶ月くらいが経った。


 そう、一ヶ月しか経ってないんだ。


 だというのに……。


「……それじゃあ行くぞ」


「はい!!」


 気合十分のアイシアの前で、俺は幻の魔力弾を生成する。


 一発じゃない、一度に十発だ。

 ここまで来ると、もう考えて動かすのは不可能なので、めっちゃくちゃ適当にランダム機動させながら空を飛び回らせることしか出来ない。


 それに対し、アイシアは気合いと共に十発の魔力弾を同時発射した。


 それら十発の弾丸は、目にも止まらぬスピードで空中を飛翔し、自由自在に曲がりくねって俺の魔力弾(偽)を追尾し……追い付いたところで、爆発する。


 ものすごく大雑把に薙ぎ払うその衝撃を受けた俺の魔力弾(偽)はその幻影を維持出来なくなり、消失し……その一連の流れが十連続で発生し、一発もなくなった。


 意味の分からない光景に、俺は唖然とすることしか出来ない。


「やった!! 師匠、これで私も基礎はバッチリですよね!?」


「……ウン、ソウダネ」


 これを基礎と呼ぶことは、もはや世の魔法使い全てに対する冒涜だと思う。


 俺の幻影魔法は、あくまでレーザーポインターみたいなものだ。十個同時に持って適当に動かすのは、まあ不可能ってほどじゃないだろう。


 けどアイシアの魔力弾は、ラジコンヘリの操縦みたいなもんだ。それも、周波数を自力で調整するタイプの。


 十個のコントローラーを持って、電波が混線しないように自力で周波数を調整しながら、レーザーポインターの動きを追う形で完璧にヘリを操縦して、十機全て追い付かせる。もう人間業じゃないよ。


「じゃあその……次は剣の特訓に入ろうか」


「えー、まだ基礎しか習ってないのに……すっごい魔法教えてくれないんですか?」


 もう教えられることがないんだよ。俺は幻影魔法しか使えないへっぽこだぞ。


 かと言って、それを正直に伝えて、万が一にも特訓へのモチベーションを失ってしまえば俺の命が危ない。


 正直めっちゃくちゃ心苦しいし、いつ本当の実力がバレるのかヒヤヒヤしてるんだけど、せめてこの町の襲撃イベントが終わるまでは騙し通さなきゃならないんだ。


「言ったろう? お前には魔法だけでなく、剣の才能もある。その二つの基礎をキチンと固めれば、その後はいくらでも、どんな技でも習得しまくれる無双状態になれるだろう」


 知らんけど。


「無双、状態……!!」


「英雄っぽいだろ?」


「はい!! 頑張ります!!」


 よしよし、やる気を出してくれたな。


 その調子で頑張って強くなってくれ、俺とこの町のために。


「それで、剣の特訓って何をするんですか?」


「俺が相手になるから、実戦の中で型と立ち回りを学び取れ」


「いいですね、そういうの私好みです!」


 むふー、と鼻息荒く拳を握るアイシアに、俺は内心でちょっと……いやかなり冷や汗をかいていた。


 こいつが実戦重視の感覚派だということは、この一ヶ月でよく分かっている。

 あーしてこーしてと口で言うより、幻の俺に手本をやらせた方がよっぽど早く理解してくれるんだ。


 あんまり幻を多用すると、いつかバレそうで怖いんだが……そこはもう、前世の記憶持ちというアドバンテージを活かし、生まれた直後から十四年間鍛え続けた俺の幻影魔法の精度を信じるしかない。


 いや、そもそもアイシアに適性がない幻影魔法以外の要素は、全部一ヶ月で抜き去られたんだけどね。ぐすん。


「それじゃあやるぞ」


「はい!」


 アイシアに木剣を投げ渡し、俺自身は幻と入れ替わる。うん、これも随分とスムーズになったな。


 もちろん、所詮幻でしかない俺の分身には実体がないし、木剣だって持てない。


 しかし、これはあくまで訓練だ。一度たりとも直接木剣を打ち付けなくとも、やりようはある。


 もはや反則としか言えないやり方だけど。


「始め」


 その一言と同時に、俺は分身を消す。

 何処に行ったと、アイシアがキョロキョロし始めたタイミングで、俺はアイシアの背後にもう一度分身を出現させ、幻の木剣を首元まで伸ばした。


「っ……!? 師匠、いつの間に……!?」


 いつの間にというか、そもそもそこにいないというか。


 そして、分身の俺は会話も出来ないので、無言のまま飛び退いて再度剣を構えた。


「……そうね、見て覚えろって話だったわ。やってやろうじゃない!!」


 寸止めが一本になる訓練の中で、いつでも好きな場所に出現させられる幻による分身は、まさにチートだ。絶対に勝てるわけがない。


 ……はずなんだけど。


「てやぁぁぁ!!」


 十回も不意打ちを決める頃には、出現位置を見抜かれてあっさり両断されてしまった。


 うん、この子こそチートの権化だわ、どうなってんねん。


「あれ、消えた……?」


 しかし、本体がない分身は、たとえ斬られても一本にならない。まさに理不尽の極みである。


 残像だ、なんて内心で呟きながら、アイシアから少し離れたところに分身を出現させ、にやりと笑う表情を作ってみた。


 当然というかなんというか、負けん気の強いアイシアはそれを見て益々闘志を漲らせ突っ込んでいく。


「てやぁぁぁ!!」


 そんな光景を、姿を消した状態で眺める俺は、ルール上絶対に負けるわけがないという安心感を持ってのんびりと……出来なかった。


 いや本当に、俺が分身にゲームの動きを再現させる度に、アイシアの動きがどんどん洗練されていくんだ。ちょっとでも気を抜いたら、俺のハリボテの実力がバレそうだよ。


 一瞬たりとも気が抜けないぞ、これは。


「こうなったら……これでどうだぁ!!」


 一向に捉えられない俺の分身に業を煮やしたのか、アイシアの動きが変化した。


 両足を地面に付けたまま、滑るように高速移動し始めたのだ。


 えっ、何それ。俺も知らないんだけど。怖っ。


「どうですか師匠!! 師匠の走り込みを後ろから観察して習得したステップですよ!!」


 それをステップと呼んでいいのか? ホバー移動してるようにしか見えないんだけど。


 しかも、俺の走り込みを見て会得したってなんだよ、幻が走ってるだけの光景から一体何を学び取ったんだよ、俺に教えてくれよ。


「とりゃあぁぁぁ!!」


 目にも止まらぬ高機動。しかも足音すら一切立てない意味不明な瞬間移動によって、俺の分身は出現する度に切り裂かれる。


 ダメだ、分身一体じゃどうにもならん。増やそう。


「っ……師匠が、増えた!?」


「流石だよ、アイシア。今こそ見せよう、俺の奥義の一つ……《残像分身パレード》を」


 山ほど出現させた分身に紛れて、本物の俺が語り出す。


 今斬り掛かられたら瞬殺なんだけど、説明フェーズということで空気を読んでくれたのか、アイシアは動かなかった。


「《残像分身》……? 師匠、それは一体……?」


「要するに、めちゃくちゃ速く動くことで相手の目に残像を残し、あたかも分身しているかのように見せる技だ」


 嘘です、全部魔法で作った幻です。


 でも、ゲームにおけるアイシアって、初期ステータスがスビード寄りだったのもあって、理論値最強を突き詰めると超高速機動でヒットアンドアウェイを繰り返す立ち回りになるんだよな。


 だからまあ、指導方向としては間違っていないはず。多分。ゲームでは分身技なんて一つもないけど。


「分かりました!! 私、絶対に習得してみせます!!」


 その後、アイシアが半年ほどで本当に魔法もなしに分身し始めるのを見て、俺は思った。


 ……父さんには投げ出すなって言われたけど、もう逃げていい? この子に師匠とかいらないよ絶対。

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