第3話 アイシアの訓練
アイシアの夢は、“英雄”になることだった。
アイシアの妹……テイラは生まれつき体が弱く、普段からベッドの上で本を読んでいることが多かったのだが、平民の身では子供の読める本など一冊でもあればマシな方だ。
当然、テイラはそのたった一冊の本を擦り切れる程に読み続け……囚われのお姫様を颯爽と助け出してくれる“英雄”に憧れるようになったのだ。
病気のせいでベッドに囚われたまま動けない自分をお姫様に重ね、カッコイイ英雄に助けて欲しいと。
妹のことを誰よりも想っていたアイシアが、ならば自分がその英雄になろうと思うのは、自然な流れだった。
誰よりも強い英雄になれば、王様に謁見して褒美を貰うことだって出来る。
本の英雄はお姫様との結婚を望んだが、自分はテイラの治療をお願いするんだと。
きっと、この国の頂点に立つ王様なら、テイラを治す方法も何か知っているんじゃないかと、そう思ったのだ。
(だから、本当に強い人に……しかも、貴族に弟子入り出来るのはありがたかったんだけど……!!)
想像以上の厳しさに、アイシアは目を丸くしていた。
なんだかんだ言って、身体能力には相当に自信があったのだ。
クロースと出会ったあの日も、誰もいない空き地で秘密の特訓をしていたところだったし、英雄を夢見た日から一度だって体作りを怠ったことはない。
そんなアイシアが全力で走っても、クロースに追い付けないのだ。
(しかも、全然息上がってないし! どんな体力してるの!?)
既に疲労困憊で、今にも倒れそうなアイシアとは違い、クロースには疲れた様子も、休もうとする仕草さえ見せない。まるで背中に目がついているのではないかというほど正確に、アイシアの少し先を走り続けている。
急に足を速くしても、少しペースを落としても、全くその差が変わらないのだ。
どうなっているんだと、アイシアは驚愕する。
(いや、足の速さもそうだけど……そもそも、足音すらしないし、足跡すら残ってなくない!? どういう走り方したらそうなるの!?)
まるで体重が全て消え失せたかのように、軽やかな足取りで走り続けるクロースの姿に、アイシアは恐れ慄く。
実際には、目の前にいるのはただの魔法で作られた幻で、体重がないのも足跡がつかないのも、一切疲れる様子がないのも全て当然なのだが……それを見抜けないアイシアの目には、クロースが凄まじい能力を持っているようにしか映らない。
そして……子供らしく素直過ぎるアイシアの思考は、クロースに対する尊敬の念でいっぱいになっていた。
(この人みたいになれれば、私は英雄になれる!!)
となれば、まずすべきことはクロースの真似だろうとアイシアは考える。
これほど速く走りながら、一切の足跡すら残さない軽やかな足取り。呼吸一つ乱さない無尽蔵の体力に、直接目を向けなくとも背後の状況を正確に把握出来る気配察知能力。
基礎訓練の中でこれを学び取るのが、クロースからの最初の課題なのだとアイシアは理解した。
(絶対にやり遂げてやるわ!!)
気合いを入れて走り続けたアイシアだが、存在しない技術を見ただけで即習得出来れば苦労はない。
ついに力尽きて倒れた彼女の下に、いつの間にかクロースが歩み寄っていた。
「あー……悪い、ちょっとやり過ぎたな。今日のところはもう休もうか」
顔を上げれば、申し訳なさそうな表情を浮かべるクロースの姿が目に映る。
自分と同じ……否、それ以上のペースで走っていたはずの男が、汗一つかかずに。
これが、いずれ英雄になるような男なのだろうと、アイシアは心からの敗北感を味わった。
(……それでも、負けない!!)
だが、そこで諦めるほど、アイシアの心は弱くなかった。
今この時点で、クロースとの間には埋めようのない力の差がある。ただ走っただけのこの時間で、それは痛いほどによく理解させられた。
だが、差があるならば埋めればいいだけだ。
“英雄”が、ちょっと頑張った程度で手に入るような称号でないことは、アイシアとて分かっていたのだから。
少しばかりの才能差に屈して諦めるくらいなら、最初から志していない。
「私、まだやれるわ!! もう一度お願い、師匠!!」
「お、おう、そうか……じゃあその、次は魔力操作の訓練するか。けど、無理はするなよ?」
「はい!!」
本当は立っているのも辛いが、気合いだけで返事をする。
そんなアイシアに、クロースが次なる課題として提示したのは、魔力を操って押し固め、弾丸として放つ……魔法の基礎の基礎、魔力弾の特訓だった。
基礎とはいえ、平民は魔法について学ぶ機会などないため、アイシアにとっては完全に未知の領域である。
クロースからすれば、これは流石に簡単にはいかないだろうと、そう高を括っていたのだが……。
「こうかしら?」
少しやり方を教わったアイシアは、初挑戦であっさりとそれを成功させる。
放たれた魔力弾は真っ直ぐに宙を引き裂き、小さな木の的を撃ち抜く。
まさに世界を救う一人に相応しい、圧倒的な才能を見せられて、クロースは少しばかり頬を引き攣らせ……嫉妬心から、ほんの少しだけ意地悪をした。
「やるな。じゃあ、次は動く的を狙って当ててみようか」
「動く的?」
「そう。俺の魔力弾を空中で撃ち落としてみな」
そう言って、クロースは魔力弾を手のひらの上に出現させる……フリをして、幻影の弾丸を生み出した。
クロースの手の動きに合わせて自由自在に動く魔力弾(偽)に、アイシアはびっくりしつつ……すぐに、面白いとばかりに口の端を歪める。
「いいわ、やってやろうじゃない!」
すぐさま魔力弾を放ち、クロースの魔力弾(偽)を撃ち落とそうとするのだが……自由自在に動き回る幻影に対し、直線的な軌道の魔力弾が当たるわけがない。
悔しがるアイシアに、クロースは大人気なくドヤッてみせた。
「まだまだ甘いな。まあ、初心者のうちはそんなものだ」
「ぐぬぬ、すぐに撃ち落としてやるわ!」
気合いと共に、魔力弾を連発するアイシア。
なんで魔力量を増やす訓練もしてないのにこんなに撃てるの? とクロースがドン引きしているとも知らず、アイシアは更なる進化を遂げていく。
「ひらひらと逃げ回るなら、私も……! 曲がれぇぇぇ!!」
アイシアがそう叫んだ瞬間、魔力弾が空中で一度だけ軌道を変え、クロースの魔力弾(偽)を追従した。
クロースが大慌てでそれを回避すると、アイシアは地団駄を踏んで悔しがる。
「あーもう! あとちょっとだったのに……!! 師匠、もう一回!!」
「お、おう……」
クロースの幻影は、あくまで空中に“投影”しているだけ。いわば、レーザーポインターだ。
ポインター本体の配置場所を自分から離れた場所に指定することは出来ても、それを離れた場所から動かすことは出来ない。不可能ではないのだが、凄まじい技量が必要なのだ。
一度放った魔力弾の軌道変更とは、それと同レベルの超絶技巧だった。
そんな大技を、アイシアはそうと知らずにあっさりとやってのけた。
これには、ゲーム知識を持つクロースも唖然とせざるを得ない。
(何コイツ、いくらなんでも天才過ぎるだろ。たった一日で俺の十四年分の努力をあっさり抜いていくなよ、怖すぎるわ!!)
もはや嫉妬する気にもならず、果たして自分がアイシアの師匠面していいものかと、割と真剣に悩み始めるクロース。
そんな風に思われているとは露知らず、アイシアは元気に「もう一回!」と叫ぶのだった。
破滅回避のためにヒロイン達を鍛えたら、なぜかモブキャラの俺が史上最強の剣聖と勘違いされた件 ジャジャ丸 @jajamaru
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