第2話 腹心候補アイシア
アイシアの両親は、最初は半信半疑だったみたいだけど……俺が証拠として、デトラー家の家紋入りのネックレスを見せたら、今度はひっくり返ってしまった。
アイシアもびっくりしていたので、もしかしたら技を見せるより、これを見せた方が早かったのかもしれない。
まあ、いいか。
「というわけで、父さん、将来の腹心候補を連れてきたから、うちの敷地内で鍛えてもいいかな?」
「いいかな? じゃない。そういったことはせめて事前に相談しろ」
はあ、と俺の前で盛大に溜息を溢しているのは、俺の父さん……グランゾ・デトラーだ。
俺とよく似た黒髪黒目の、ザ・モブキャラともいうべきちょび髭親父なんだけど、今この時ばかりは苦労人そのものという表情で頭を抱えている。
「ええと……アイシアだったかな? 君は納得しているのか? ご両親もだけど」
「はい、私は師匠の下で剣と魔法を学びたいです! 両親も、『デトラー家の腹心候補だなんて名誉なことだ、しっかりやるんだぞ』と送り出してくれました!」
「…………」
キラキラ笑顔でそう返されて、父さんは頭を抱えた。
既にデトラー家の名前でそれだけ話を進めておいて、今更やっぱりナシとも言い難いだろうからな。計画通りだ。
しかし……アイシアって、元はこんなに明るい性格だったんだな。
ゲームだと、感情の起伏がほとんどないクールキャラって感じだったんだけど……意外だ。
それだけ、コイツにとって故郷が滅ぼされた事件は大きなものだったんだろうな……。
「分かった、認めよう。ただし……クロース、そこまでしたからには途中で投げ出すのは許さんぞ。ちゃんと立派に育て上げろ」
「分かってるよ」
これでも、前世でソーファンをやり込み、主人公やヒロイン達に惚れ込んだ人間の一人なんだ。アイシアが傷付くようなイベントは何としても回避させてやりたい。全力を尽くすよ。
もちろん、俺自身が死にたくないっていうのが一番ではあるんだけどさ。
「それじゃあ、早速だけどついてこい」
「はい、師匠!」
アイシアを連れ、俺が向かったのはデトラー家の裏庭、訓練場として作られた殺風景な広場だ。
デトラー家に仕える騎士とか、後は俺や父さんが訓練に使う場所なんだけど……騎士は普段、町の治安維持活動で忙しいし、父さんだって政務に追われているからな。実質、俺しか使っていない場所だ。
ここで、アイシアをゲームと同スペックまで育て上げる。
この町が滅ぼされる前に。
「それじゃあアイシア、まずは基本事項の確認だ。お前は、将来の俺の腹心、騎士の一員としてスカウトした形になる。あくまで俺の配下だから、給金は俺の小遣いから出せる範囲になるし、正式採用されるまで本職より安いことは了承してくれ」
「えっ、お給金出るの!?」
「そりゃあそうだろ」
俺がスカウトしたんだし。
「同じ町だし、家から通うでも、この家に住み込みでも、好きな方を選んでくれて構わない。食事も三食用意するけど、その分サボらず真面目に訓練してくれよ」
「もちろん、分かってるわ!」
「それと、礼儀作法も少しは覚えて貰うぞ。休憩の合間に」
これはオマケみたいなものだけど、流石に全くやらないのは父さんに怒られそうだし。
「うっ……が、頑張るわ。じゃなかった、頑張ります!」
「その意気だ。じゃあまず、基礎体力作りから始めるぞ。俺も一緒にやるから、ついてこい」
「はい!」
元気な返事をするアイシアにほっこりしつつ、俺は走り出す。
残念ながら、魔法も剣も大した才能はなかった俺だけど、日頃から走り込みや魔法の訓練を欠かしたことはない。
まだ復讐心もなく、町で平穏に暮らしているアイシアに負けるつもりは──
「師匠、準備運動はもういいから、早く走り込みしよ? じゃなかった、しましょう!」
「…………」
完敗した。
えっ、いや、何コイツ? 俺結構真面目に走ってたのに、完全にぴったり後ろをついてくるし、全く疲れた様子がないんだけど。
ロクな訓練もなしにこれ? ははは、おのれヒロインめ、才能の暴力にも程があるだろ。
「……思ったよりやるな。普通の子供だったら、もう根を上げていたっておかしくないくらいは走ったんだけど」
「ふふん、こう見えて体力には自信があるの」
どやっ、と胸を張るアイシアに、俺はどうしたものかと内心で頭を抱えた。
なまじ見栄を張って一緒に走るって言ってしまった手前、ここから一人で走らせるのは不自然過ぎる。
かと言って、全力疾走して即バテたりなんてしたら、失望されるどころじゃないだろうし……仕方ない。
「分かった、ならここからは手加減抜きでいくぞ。俺に追いついてみせろ」
こういう時こそ、俺の唯一の取り柄である幻影魔法だ。
例によって俺の分身を作り出し、本物の体は透明化する。
後は、この幻の投影地点を“アイシアより少し前”にして、淡々と同じ走る動作を繰り返させればいい。
念の為、停止時はちゃんと足を止めるように設定するけど。
「ここから先は無駄口を叩かずいくぞ。さあ、よーいスタート!」
「よしっ、行くわよ!」
物理的に絶対に追い付けない先導者に追い付けという、あまりにも無茶ぶりが過ぎる訓練だけど、アイシアにはちょうどいいだろう。
そんな風に考えている間にも、アイシアは力強く地面を蹴り、土煙を上げて走り出す。
そのあまりのスピードに、俺は顔を引き攣らせた。
「なんで一介の町娘があんな速さで走れるんだよ……もはや人類のバグだろ」
さてまあ、俺はアイシアが疲れ果てて動けなくなるまで、幻の維持に全力を注ぎますか。
そんなことを考えながら、訓練場の入口付近にある木陰にごろんと転がるのだった。
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