思い出①
今の今まで忘れていたが……、そもそもあの夢は実際にあった出来事だった。
あれは俺がまだ七歳……いや九歳?それとも八歳だったか?……とにかく、まだまだ子供だったときの話だ。
当時、クソ親父が他所に女を作って出ていった直後だった。小さかった俺は母親の仕事が安定するまで、一時的に田舎の祖父母の家に預けられていたんだ。祖父母は優しかったが、それでも俺は寂しかった。何せ、同世代の友達が一人もいなかったからだ。
母の実家は、超が付くほどの田舎。同世代はおろか中高生だって滅多に居なかったと思う。それに、仮にいたとしてもそこは横の繋がりが強い田舎。余所者の俺が入っていくのは非常に難しかっただろう。だから俺はいつも、近くの川や山で一人で遊んでいた。
そんなある日、彼女を見かけたんだ。
「あの?何をしてるんですか?」
いつも通り一人で遊んでいた俺に、見知らぬ少女が声をかけてきた。それが、当時の柴咲楓だったのだ。
「…………」
だが、俺は彼女を無視した。一人で遊ぶことには慣れていたし、何となく同世代の女子に話かけられたのが気恥ずかしく感じたのだ。
「あの?」
「なんもしてねーよ」
「そうですか……。ところでわたし、柴咲楓っていうんです。あなたは?」
「……
当時は母親の旧姓である斎藤を、俺は名乗っていた。そして、"女子といるとダサい"という陰キャ男子特有の謎の精神状態から、彼女に背を向け山の方に向かって歩きだした。
「あっ!待ってください!お友達になりましょう!」
「嫌だよ」
「わたし、実は昨日からこちらに泊まっているんです。お祖父様の持つ別荘があちらにありまして、二週間程滞在する予定なんですよ」
聞いてもいないのに、柴咲は俺の後をついてペラペラと色んな事を話し始めた。そしてそれは、山の中に入っても暫く続いた。
俺は彼女を無視して、ガンガンと山道を進んでいく。そうする内に、彼女の声は聞こえなくなっていた。
(……ま、帰ったんだろ)
あまりに俺が無視をするので、諦めて戻ったのだろう。少し悪い気もしたが、どうせ母親の都合で一時的に来ている土地だ。友達を作ったってしょうがない。
親の離婚で卑屈になっていた俺は、そんな子供らしからぬ損得勘定で彼女を適当にあしらい、山での虫取を楽しんだ。我ながら中々のクソガキだったと思う。
ひとしきり遊び、日が暮れ始めた頃。俺は祖父母の家へと帰っていった。すると、慌てた様子の祖父がこちらに駆け寄ってきた。
「おう、一輝」
「ただいま、じーちゃん……どうしたの?」
「いやな?おめぇと同じ歳くれーの女の子、どっかで見んかったか?」
「同い年くらいの女の子?」
「ああ。昨日からこっちさ来たっつー金持ちのお嬢さんがいなくなったんだと。さっき黒いスーツのにいちゃんが来てよ、ちょっと目を離した隙にいなくなったって騒いでたんよ」
「…………」
十中八九、柴咲のことだろう。だから俺は、さっきあったことを祖父に伝えようとした。だが、俺が口を開くより早く祖父が呟いた。
「いやー、ちょっと心配だな。一輝は知らんかもしれんが、三年くらい前にも都会から来た子が夜の川に落ちるっちゅー事故があったんよ。まあ、浅瀬だったからその子は骨折で済んだが……。山から落ちたりしたら危ないしなぁ」
その瞬間、嫌な予感が脳裏を過る。俺は玄関にあった懐中電灯を掴むと、スイッチを押し動作を確認する。
「ん?どうした、一輝」
そして、俺の行動に戸惑う祖父の問には答えず夜の山に向かって一目散に駆け出していた。
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