夢の中の少女②

 二年一組と書かれた教室の前。俺はガタイの良い担任の教師に促され、そこで待機していた。


「えー。昨日話したと思うが、今日からこのクラスに転校生がくるぞー。みんな、仲良くするように」


 教師のその言葉に、教室の中でざわめきが起こった。皆、転校生という非日常な刺激に興味津々といった具合だろう。


(やめてくれよ。そんな期待するなって……)


 緊張で腹が痛くなってきた。だが、そんな俺の体調など知ったことではないとばかりに、扉の向こうから声が聞こえてくる。


「おーい。入ってきていいぞー」


 教師が俺を呼んでいる。……仕方がない。腹を決めた俺は教室の扉を開くと、クラスメート達の方には目を向けず、一気に教壇の前まで進み出る。そして、黒板に自身の名前を控えめに書くと手短に自己紹介を始めた。


「国木田一輝です。宜しくお願いします」


 奇をてらう必要はない。普通に自己紹介して、普通に友達をつくって、普通の学校生活を送るんだ。

 だが名前だけでは物足りなかったのか、クラスメート達は次々に手を挙げると質問を投げ掛けてきた。


「どっからきたんですかー?」

「部活は何やってたんだ?」

「なんで転校してきたの?」


 質問の嵐にたじろぐ俺を見かねたのか、担任のはま先生が手をパンパンと叩く。


「ほら、ホームルーム中だぞ。静かにしなさい。そういうのは休み時間にやってくれや。んでだ、転校生。お前の席は……そうそう、あそこに用意してある」


 そう言って浜先生は教室の後ろにある空席を指差した。


「あ、はい。ありがとうございます」


 言われるがまま、俺はその席に向かった。教室の窓際にある一番後ろの席。正直、知らない人間にいきなり四方を囲まれるのはハードルが高い。それ故に、右隣と前にしか人がいないこの配置は非常にありがたかった。


「国木田一輝くん、ですね?よろしくお願いします」


 俺が席に到着すると、隣の席の女子が声をかけてくれた。


「っ!?」


 人形の様な艶のある長い黒髪に、座っていてもわかるスタイルの良さ。それに何より、すっ げー可愛い。故に俺は、言葉に詰まった。


「えっ、いや……そのぉ。よ、よろしく」

「ええ。あっ、申し遅れました。わたし、柴咲楓しばさきかえでです。せっかくお隣になれたのですから、仲良くしてください」

「は、はい!……ん?柴咲?」


 何か心に引っ掛かるものがある。だが、浜先生の声が俺の思考を遮った。


「ほら、転校生。さっさと席に着きなさい。それから柴咲。お前は学級委員だからな。国木田が馴れるまでは悪いが面倒を見てやってくれ」

「はい!……そういうわけですので。よろしくね?国木田君」

「あ、はい……」


 その後は先生が何かを話していたが、俺の耳には全く届いていなかった。

 柴咲、楓……。頭の中では何度も過去の記憶を掘り起こし、その名前を検索する。そしてふと、隣に座る柴咲の横顔を見たとき。


「あっ!!」


 俺は大声と共に立ち上がっていた。


「どうした転校生?便所か?」

「あ、いや……なんでもありません」


 その場を取り繕うように頭を掻くと、俺は即座に席に着く。だが、その胸中は穏やかではない。何故なら、柴咲楓。彼女こそが、俺の夢に出てきた幼い少女だったのだから。

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