第54話

かちゃかちゃとキッチンの方で音がする中、案内されたリビングのソファに座っていた。




オレンジの明かりに染められた足元の絨毯が、ふと目に入る。




…前に、夕さんがこんな色の服着てたな…




…夕さんと先生、付き合ってるのかな…




…いつから?僕にギターレッスンを勧めたときから?




…僕に、ギターを勧めたときから?




…明後日会うの気まずいな…




「…せ。……颯都くん?」




恐らく何度目かの呼びかけで、はっとして振り返る。




気づけば紅茶のいい香りが広がっていた。




未緒さんがケーキと紅茶の載ったトレーを、ローテーブルに置く姿をぼーっと見つめていると、未緒さんと目が合う。




夕さんのことばかり考えて、情けない。




そうは思うのに、気づけば視界が歪んでいる。




心配そうな未緒さんが薄っすら見えても、なお視界が揺らめく。




何も話せなくて、未緒さんも何も言わない、苦しい沈黙を破ったのは、堪えきれなかった涙だった。




瞬きも我慢したのに、あふれ出たものが、つ、と頬を伝って落ちた。




未緒さんを困らせているのはわかっているのに、止まらない涙を拭うけど追いつかない。




どうしたら涙が止まるのか。




そればかりが頭を独占し始めたころに、温かいものに包まれた。




未緒さんが柔らかく僕を抱きしめていた。




それしかないかのように、僕は未緒さんの背中に手を回して、これでもかというくらい、肩を涙で濡らした。




『ふ…っぅ…』




嗚咽を漏らしながら、止まらない涙で未緒さんを濡らし、壊れるくらいに未緒さんを抱きしめた。




そんな情けない僕を、未緒さんは黙って抱きしめて、ゆっくり優しい手で背中をさすってくれていた。

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