第29話

「お待たせしました。はい、これどうぞ」




『ありがとう…あの、本当に、お金払うよ』




「いえ、お礼なので、受け取ってください」




カバンから財布を取り出すも、手で押し込められた。




悔しくも、触れた手にドキドキしてしまった。




「未緒さん、お腹空いてます?近くに美味しいところあるんですけど、どうですか?」




『え…いいの?』




「?だって、約束も果たしてないし…。お腹空いてない?」




『空いてる…』




「じゃあ、こっちです」




プレゼントを選ぶという目的は果たしたから、もうこれで、終わりかと思っていた。




確かに、代わりに彼の名前を聞く約束にはなっていたけれど、私にとってはあまり重要なことじゃなかった。




ただ、今日は彼に会いにきていただけだった。




彼について、人通りの少ない路地をいくつか抜けていく。




周りの騒音からして、繁華街に近づいてきているようだった。




いつものスピードよりも速い彼の足について、少し小走りになる。




「あっはははは!」




近くを通った酔っ払いの声に驚いて、一瞬彼から視線を外すと同時に、鼻に温かい感触。




『わ、ごめん』




「今ぶつかった?ふは、未緒さん面白すぎ…大丈夫?」




『うん…』




「お店、ここです。どうぞ」




裏通り、という表現で合っているだろうか。




ちょうちんがいくつか並んでいる路地には、居酒屋が数店舗連なっていた。




そのうちの一つの扉を横に引いて、のれんを上げてくれた彼について、お店に入った。

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