第3話
「海浜ー、海浜です。お乗り換えは…」
最寄り駅に近づき、カバンからパスケースを取り出す。
キュ、と白いスニーカーが近づいてきて、ドアの前に立った。
…駅、一緒だったんだ。
駅についてドアが開くと、猫のようにするりと通り抜け、階段を駆け上がっていく彼。
それだけのことなのに、きらきらして見えた。
大学生かな?バンドやってるのかな?あの楽器は何だったんだろう?
何も知らない彼のことを考えながら、階段を重い足取りで上る。
ドンッ
『わ、すみません…!』
階段を上がったところで、男性と肩がぶつかってしまった。
咄嗟に謝ったけど、振り返れば男性はもう階段を駆け下りているところだった。
…東京だった。
もう5年も東京に居れば、慣れてしまった。
他人は他人だ。
『……あれ』
気を取り直して、改札へ向かおうとすると、右手に準備していたパスケースがないことに気づいた。
どうやらぶつかったときに落としたみたいだ。
周りをキョロキョロするけど、目立つ赤色のパスケースは見当たらない。
今月定期を更新したばかりだから、諦めるわけにはいかない。
「あの、もしかしてこれ探してます?」
温かみのある声に、パスケースを探して足元を見ていた視線を上げる。
『あ…!』
電車で見た、白いスニーカーの彼が、私の赤いパスケースを持っていた。
『それ、私のです!』
「あ、よかった。…大丈夫ですか?」
『え?』
パスケースを受け取ると、ブランドロゴがぱっくり取れていて、接着面がむなしく残っていた。
『…もう古かったので、しょうがないですね』
「え?あぁ…。それもなんですけど、お姉さん、泣いてませんでした?」
『え…。あー、えっと…曲が良くて……』
「曲。なんていう曲ですか?」
食いついた彼が会話を続ける。
音楽、好きなのかな…
『えっと…確か…。あ、これ。雨音…。くらんべりー?って人の曲…です』
音楽アプリの履歴を辿る。
タイトルすら知らずに聴いていたけど、まさに”雨音”だった。
「…お姉さん、これ、ロゴの代わりにはならないかもだけど…。貰ってください」
『え、何…?』
彼が小さくたたんだ紙を、パスケースのロゴ部分に重ねるように乗せた。
何だろう?
「じゃあ僕はこれで。それ、要らなかったら捨ててください」
『え!あ、ありがとう…?』
目を細めて笑った彼は、背中の楽器を揺らしながら改札を抜けていった。
音楽の話とか、久しぶりに人としたな…
彼の温かい声と共に、会話を思い出しながら、私も改札へ向かう。
やっぱり、きらきらして見えた…。
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