第4話 〚改変〛改宗
場所は、ルミナリア聖域指定高位聖堂院内部。
忌まわしき聖堂神官長室になる。
「それでは”テラス”様これからどうしましょう……」
アナスタシアからの呼び掛けに応じるべく振り返る。
手に取った資料を閉じて、
目の前にいる高位聖堂直属の修道女たちに視線を向ける。
あれほど晴れやかに笑っていた者たちが、
今やその表情を曇らせうつむいている。
己の身の安全が保障されない不安を隠しきれない様子だな……。
特にそのことには哀れさ以外を感じない。
拷問室から上がってきた当初は殺気立てて襲ってきた。
だがそれもすぐに”対処”したことで、
その光景に残った者は大人しく従ってくれるようになった。
その対処を行ったのは───
「おい貴様何を祈っているさね!ルミナリアであればその腕ごと斬り落としても良いのだぞ……」
────老女シーメイを基に〚復元〛と〚改変〛を使用した結果、
テラスを信奉する剣聖へのその存在を作り直されたのだ。
「も、もうしわけありません」
両手の解き震える声を抑えながらも返事をしてうつむいた。
「やめよ、グラム」
「はっ、我らが神の慈悲に感謝しろ」
「は、はい!」
剣を納め、顎をしゃく下がらせた彼女の名をグラムと名ずけた。
漆黒の艶やかな髪を靡かせ、
黄色の鋭い眼を携えた女性剣士となった。
まさかあの老婆がこんなに奇麗な人だったとは、
年月とは恐ろしいものだ……。
まあところどころ〚改変〛で弄ったから、
等身大の彼女ってわけでもないんだがな。
それは彼女だけの話ではない。
”テラス”と呼ばれる端麗な者のなかに潜む人格さえも、
〚改変〛の力によって変えられ[デーモンロード]然とした性格へと変貌。
そのため他者を〚改変〛することも躊躇いなど生じなかったのだ。
「テラスさま、彼女たちの処分……どうなさるおつもりなのですか?」
エメラルド色の髪の美麗な淑女アナスタシア。
その言葉に含まれているのは決して慈悲など求めたものではなかった。
「……そうだな」
振るえる修道女たちの中から一番老けた者を呼び寄せる。
「わ。わたくしめなど何の価値も無いしわくちゃの婆でございます。どうぞご慈悲を」
祈りのポーズで許しを請う老婆。
「そう自分を卑下することは無いさ。媼よ、若さを取り戻したくはないか?
「わかさ……?、それはまあ取り戻せるならばだがそれは叶わぬ夢でございます」
「確かにね、では手を……」
「え……」
老婆は想像していなかった言葉に驚きを隠せず動きを止める。
「はやく差し出すさね!」
グラムの声に体を揺らして急いで手を伸ばしてきた。
「〚改変〛」
老修道女はみるみるその曲がった腰が伸び、
体中の皺がなくなり潤いが戻っていく。
「こ、これは」
鈴が弾むような声を響かせる。
その光景をおずおずと眺めていた修道女たちは目を見開いている。
狙い通り!ここには女性ばかり、
若さへの願望は強いと踏んだ作戦は効果てきめんと見える。
「あ、あの!」
女性たちの最後尾から手が挙がる。
「どうした?」
すくっ、と立ち上がったのは、
丸っとした体形にとても美しいとは言えない顔の修道女。
「わ、わたしを奇麗で可愛い姿にしてもらうことは出来ますか?」
その不安そうなそれでいて希望を含んだ複雑な表情をしている。
「ああ、可能だよ」
「!!」
その言葉にぴょんとはねたと思えば、
素早い動きで目の前まで来た。
「ぜひ!」
なんて輝く瞳で、
真っ直ぐ見つめてくるんだこの子は……!
「そうじゃあいくよ」
触れる手の温かさを感じながらキャラリメイクを完成させる。
「どうかな?」
その姿はまさに天真爛漫な妖精といったところだろうか。
横にいたアナスタシアから渡された手鏡で自分の姿を確認する。
細い体と元々の金髪のくせっ毛髪とそばかすを残した大きな目に小さな顔。
「あ、ああ、信じられない……神よ」
両手を取って握ると、
彼女は膝から崩れ落ちるように屈み涙を流した。
「あなた、あなただけを私は信じます」
そこからは一目散に、
願いをかなえてもらおうと列を作り始めた……。
自分の短所を長所に変えてほしい者。
欲しかった才能を望む者。
傷の後遺症を感知させてもらいたい者。
……そこから多くの願いを叶えた。
そして、
ルミナリア聖域指定高位聖堂院にいる全ての修道女を改宗することに成功した。
「我らが神よ、私たちのすべてを捧げます……」
涙を流しその喜びを噛みしめた恍惚とした表情を浮かべている。
「ふははは!いいね僕を讃えろ!」
「はいあなた様の望むままに」
アナスタシアの言葉を合図に皆一斉に床に頭をつけた。
「それじゃあここから旅だとうか淑女たちよ!」
それから数日後、
ルミナリア聖域指定高位聖堂院、
カイント支部の者たちの一斉失踪事件として国全土を震撼させることとなった。
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