第3話 闇深くあるもの



奥の扉の先になっていたのは、

分厚い石壁に囲まれた鎖と手錠が飾られた冷たい場所だった。



一画に案内されそこで手足を大の字に縛られ吊るされた。

筋肉が伸び力が入らず体を揺らす以外の行動がとれない。


そして始まった”審判”。



そして証明とは────”拷問”を受け耐えることだった。



1日目は水責め、食事は無し。

2日目は水責め、正座した膝に石板を置かれる、食事は無し。

3日目は水責め、ムチ打ち、身体検査。ようやくパン一切れ分の食事。

4日目はムチ打ち、男性職員による身体検査、食事は無し。

5日目は水責め、ムチ打ち、男性職員による身体検査。パン一切れ分の食事。

6日目は男性職員による身体検査、ムチ打ち、夜通しの正座した膝に石板を置かれる。食事は無し。


1~6日の夜の間、額に水滴を垂らされ一睡もできなかった。



ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタ、ポタ。



天上から落ちてきた水滴が額に当たり出来た無数の水の粒が目に入る。

その冷たさが眠気を奪い去ってしまうため眠れない。


「──やめぇ────お──ねが─ぃ──いやぁぁぁぁ─」


緑髪の神官さんの声だ……。


よほどのことが起きているのだろう。

分厚い石壁に反響してここまで聞こえているのは初めてだ。



クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ。



覚悟の無さが起こしたこの現状。

どれだけ毒を吐いても胸の内で沸き上がる。


「ああ」


どうして、


「ああああああ」


どうしてこんなことに、


「あああああああああああああああ!」


どうしてこんなことになったんだ。

こんなことなら転生なんてしたくなかった……!


────────────────────




7日目


「よくここまで耐えたな」


男性職員の声。

いつもの身体検査が始まった。

触られるのは決まって同じような所。


「この領域でよくも、幻術が持つもんだな~……本当に女みたいじゃないか」


耳元に鼻息がふれるような距離に顔を近づけてくる。


「あ~あ、今日が最後なんて勿体ないな~」


そう呟きながら背を向けて、

奇麗に並べられた拷問器具は眺めているようだった。


「どうだい、様子は?」


分厚い鉄の扉が開き現れたのは高位神官長だった。

後ろには修道女も連れている。


「へ、へぇ~この通り、強情な奴で手こずってます」

「なるほど……さて意識はあるね」


その声に返事できるほどの気力もない。

視線を上げることが精一杯だ。


「よし、そいじゃあ、証明してもらおうじゃないか。お前たち」


開いた鉄扉の先から現れたのは、

男性職員と同じような黒い恰好をした二人の男。

抱きかかえられていたのは緑髪の神官さんだった。


「”これ”はもう死んでいる。あんたが本当に”聖女”であるなら[蘇生]して見せるんだね」


力なく床に放り投げられた目がくり抜かれた神官さんの死体。


「降ろしておやり」


男性職員が吊るされた紐を緩めようと動いたとき、修道女に肩が触れた。


「わたしの触るな!汚らわしい豚め!」

「す、すみません。ぶ、ぶひぃぃ」


慣れた動きで伏せて頭を下げる。

その男性職員をヒールで蹴り続ける修道女。


「……おやめ」


高位神官長の制止で足が止まった。


「すみません神官様……躾はあとで致します」

「そうなさいな。さっ、降ろしな」


後ろに控えていた男性職員たちは、

蹴られていた様子を恍惚とした見ていた表情を引き締め行動を開始した。



久しぶりの地に足が着いた感触……。

込める力がなくて膝から崩れ落ちて倒れてしまった。


「はじめな」


振るえる手を伸ばし神官さんに触れる。


ウィンドウが開く、〚復元〛を選択。


すぐにその作用は発揮され神官の身体を光が包み込む。


「ここは……!。や、やめて本当に、許してください!」


錯乱する彼女を見て一同が驚愕していた。



一人を除いて、


「これは処分決定だ」


老婆とは思えない一瞬の動きで、

神官さんの首を飛ばし杖の仕込み剣をゆっくりと納める。


血しぶきが横にいた男性職員にかかる。


「確かに……死んだ人間を生き返らせた。でも残念だね……お前さんが”男児”であったことは調べがついたんだ。だから────」




────ここで死んでくれ。



あああああああああああああ!

死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。



「!!!」


迫る剣先を前にしてウィンドウが開く。



自身の傷ついた身体を〚復元〛させますか?



復元なんてものじゃ足りない!

この場の全員を殺せるほどの力が欲しい……!。



身体能力を最大限まで向上〚改変〛させますか?



もっともっともっと強く、誰にも傷つけられないほど頑丈に!



種族値限界点。種族〔ヒューマン〕を変更してもよろしいでしょうか?



最強に……畏れられるほどの存在にしてくれ。



種族〔デーモンロード〕に〚改変〛します。



その変化に最初に反応したのは神域指定結界だった。

波動に耐えられず徐々にひび割れあっさりと崩壊してしまった。



「な、なんだい」



高位神官長は目の前の少女から溢れる魔力に驚愕していた。

だが長年の経験から身体に触れるその波動の邪悪さに反応する。


首を撥ねよう動いている剣先の速度が一気に上がる。


(これだけ、本気になるのはいつぶりだろうね……)


剣技の名前は────秘剣・閃燕。

かつて”剣聖”として名をはせた老女シーメイの得意とした技だ。


その剣を止められたのはかつて一人だけ……。


(こんな時に、思い出すことではないんだけどね、懐かしいものさ)


……彼女の崇拝する”凛麗の勇者”だけだった。


高位神官長の彼女が今でもあのときのトキメキを覚えていた。




「ぶはっ……あた…し…も歳を…取ったものさね」


腹を抉られ壁の張り付けにされた自分のからだ。

口から溢れる血の量からして長くはない事を察する。


眼の先には、

先ほどまで息も絶え絶えだったはずの少女が、

生気溢れる様子で真っ赤な血を浴びて立っている。


連れたった修道女たちも洗脳した男ども半壊しているのが見えた。


それでも彼女の意思は砕けない。


「ふっ……やっぱり”聖女”じゃなかったてことさね。あたしが全盛期なら……」


瞼を力なく降ろしていく老女のうつむく顔を覗く。


「なにか最後に言っておくことはない?」


最後の慈悲、あるいは情けとしての言葉。



その返事は、


「ぺっ……………ル…ミ…ナリ……ア…ばん…ざ……い」


顔に唾を吐きかけ、万歳を唱え息を引き取っt──


「いい度胸だ……そんな終わらせ方させるかよ」



老女の頭を掴み放つは〚分別〛

彼女の記憶、その思いでを事ごとくを奪っていく。


「や……め…て…お…ねが……い」


溢れる涙を浮かばせて必死な抵抗をしようと腕を上げる。

だが込める力などもはやなく止めようがなかった。


「決めたよ、ルミナリアなんて宗教はクソだ……だから新しい宗教を作ってこの世界を全部一色に染めあげて、アンタの大切なモノを全部消してやる」


彼女はその声に含まれた憎悪に身を震わせた…そして、







剣聖──老女シーメイの最後の景色、

その走馬灯は真っ暗な闇だけが広がっていた。

◇     ◇     ◇




祝眼を持つ神官────アレスタシアは絶望の淵にいた。


この世に生を受けてから数十年、

ずっと敬虔な信徒であったと自負していた。

それなのに飛んだ裏切りにあった。


ある少年のスキル鑑定をした。

念願の[蘇生]持ちを見つけてうれしかった。


いつか自分で”聖女”を見つけ、

その子に名づけするのが目標だったからだ。


(まあ……その権利を行使する間もなく移動しちゃったけど)


だがその数日に来た審問官たちの聞き取り。


そのあと神官なら誰しもが憧れる、

”ルミナリア聖域指定高位聖堂院”での異端審問に祝眼の没収。


己の人生を呪った。

これまでの人生で経験したことのないほどの激情を胸に抱いた。


そして死んだ。




暗く深く冷たい場所。


両手を組んでみても、

心の底には信心などどこにも残っていなかった。


「──お─き────て───」


何かが聞こえた気がした。


「お─き──て───」


確かに聞こえる誰かの呼び声。


「わたしはここよ!だれか!」


叫んでみても木霊することも無く消えていく自分の声。


(寂しい…寂しいよ。こんなところで一人にしないで…だれかお願い!)


視界が歪み涙が溢れて止まらない。





「起きて!」


はっきりと聞こえたその声は、

なんとも心地よく響いた。


「……それにとっても温かい」


委ねてしまえるほどの頼もしさも感じる。


「起きて!」


ハッと、瞼を開ける。

真剣な眼差しをした少女とも少年ともとれる、

美麗な顔がとても近い距離に迫っていた。


どうやら膝枕をされているようだ。


「貴方のお名前は?」

「名前?……実はその……ありません」


苦笑するような表情を見せる相手にアレスタシアは言葉を繋ぐ。


「では”テラス”ではどうでしょう」

「テラス……いい名前だな」

「ふふ、喜んでいただけて感謝します。わたしの神よ……」


手を取り握る。


壁に空いた穴から零れるまばゆい光さえも、

目の前の信仰対象を祝福しているように思えた。


「……神よあなたに一生をかけて仕えることお許しください」

「ああ、よろしく頼む。その信仰を捧げてもらおう」

「はい……!」


その心にある新たな神への信心で溢れていた。


──────────────────────


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