第57話

「あいつから、お前が悟に手を出したり、俺を狙ってたりして内部から崩壊させるつもりだとか聞いて・・・。あとは・・・その・・・」


言いずらそう・・


「ハッキリ言いなよ」


「・・・・・ドラムをやってるのは男の気をひくためって本当?・・・俺らを励ましておきながら電話で俺たちをバカにしてたって聞いて…。でも、よくよく考えれば、お前がそんな事するはずないって思いたいのに、あいつが泣きながらそう話すんだよな。――――だから、彼女の言葉を信じたくて来た」




・・・・ばっかじゃないの?



なんか悔しい。あの女のせいで、私のだいじなものが無くなっていったのが。



ここでさ、”彼女が言ってることは嘘っぱち。わたしを信じて!あいつこそあなたに執着してるだけの悪よ!”なんて言ったらもっと混乱しそう。



私はこれからしばらくの間バンド活動する気もないし、賢人とはもうこれきりにしたい。


賢人自体が嫌なわけではないけど、もれなく私を敵視してくる女に付きまとわれるのはもう勘弁だ。



ペダルに続いて、地元の名ドラマーだった、潤お爺さんから譲り受けたスネアまで壊されたくない。


ミヲに買ってもらったケースだって大事にしたいし。



「見る人が見たらそうなのかもね。ある意味モテたくてやってるかも。こんな冴えないやつにドラムが叩けるってプラスαがつけば、イケるんじゃないかなーって思ったことはないとは言い切れないよ」


「じゃあ・・・俺のこと好きっていってるのは本当なの?」


どうしてそうなる?どれだけ自分たちが美男美女だって自負してるんだよ。

でも、まあ、嫌われついでだ。そういう女だってことにしておけば、きっぱりと諦めもつくだろう。


どの道、進路は別れるんだから。



「あはは、それはない。好きではないけど、チャンスがあったら抱いてくれるのかな~?って思ったことはある」


「・・・なにそれ」


「――――そのまんまの意味だよ?私の冴えない見た目は変えられないもの。だからって恋愛とか諦めたくないし?」


「―――うっぜー・・。お前マジそういう奴だったんだ?幻滅したわ、まじで」



いくらでもしたらいい。

あなたは彼女の言葉を確信したくて来たんでしょ?


彼女のほうが大事だってことでしょう?


だから、その意志が間違っていないって思える答えをいま作ってあげたんだよ。



「あ、もうこんな時間じゃん。今日は地元の男と会う日だから、もう帰るわ。じゃあね、帰り気をつけて」



ガッカリしたように俯く賢人を見て、可哀そうなことしたなって罪悪感が湧くけど、愛した人の素性を知って傷つくよりはマシだと思うことにする。


なにより、あのことはあまり人に知られたくないし、触れて欲しくもない。

大ごとにされて騒がれても、あれが元通りになることなんてないし。


過去は捨てて新しく道を切り開かないといけないんだ、私は。


だから、いい勉強だったと思うことにして、新しく自分のプレイを見直してる時なんだ。



あんたがどう思ってしまったかは何となく想像がついちゃうけど、私は自分を偽ってでも戦友を傷つけたくないって気持ちになっちゃったんだ。


だから、幻滅させちゃったけど許してね?



それぐらいの友情がお互いにあったらどんなに良かったかと思うよ。


それほど、賢人と穂谷と悟で作る音は、プロを目指す私にとっての第一歩に相応しかった。


人付き合いが苦手だから、技術を思いっきり磨いて、細々と影の仕事を請け負ってくバック演奏専門のミュージシャンを目指したほうがいいかもって弱気になった時期もあったけど、音をメンバーと作る楽しさを、貴方たちは私に教えてくれたんだ。



また、あんた達みたいに気の合う人を見つけてさ、自分が自分でいられる場所を作りたいって思えたんだから、これくらいの嘘をついてもいいかと思えた。

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