第53話

♬~


こんな時に耳に残っていたのか、賢人が作った曲の一節が聞こえたような気がした。


この曲を作っていた時が一番楽しかったなと思い返しては、キラキラと光る海を眺めていた。




「今年もゲストハウスにお客さん来るみたい」

「ああ、もうそんな時期だね。今年はうちも当番だろ?」

「そうなの、お爺さんのアレクさんが具合悪くてどうしようと思ってたけど、ミナが居てくれるからよかった」

「まあ、親父も年だしな。いつ急変してもおかしくないな」

「ねえ、本当は断ろうと思ってたけど、用意さえしたらミナでも出来そうよね」

「ああ、もう高校生だし、大丈夫だろ」


そんな勝手な会話が聞こえたのは、二階の勉強部屋から出て飲み物でも持ってこようと、階段に差し掛かった時だった。


階段を挟んである親の寝室から聞こえてきた、両親の話の内容にギヨっとする。


なんか、私に拒否権ないっぽくない?



『わたし、受験生だけど!それに、相手が厳つい男どもだったらどうしてくれるの?!』


反論したいけど・・・夜中だし・・・バンっ!とは部屋に入って行けない。



だって・・・ねえ?


お父さんだってお歳だけど、見た目は若いし衰えがみえないし…。


普通の会話だから、身なりも普通にしてそうだけど・・・、もしかして服を着ていなかったらと思うとそんなことは出来ない。



・・・・・・・・・・・っポ・・・・。



ああ、もう!


まったく私は、親のなにを考えてるんだ!


集中集中!



冷蔵庫を開けて牛乳をグイっと呑んで気を紛らわす。


そのまま、シュガーレスのコーヒーも作って気分を落ち着かせた。



美味しい・・・。



この家でコーヒーを好むのは私だけ。


母と父、それに兄弟たちは断然紅茶派。


・・・



もし、今この夏に帰って来たのが姉の美湖だったらって考えてみる。


そうしたら、両親は変わらず私と同じようなことをさせようとするだろうか?



村経営のゲストハウスには、毎年のように家族連れが田舎を求めてやってくる。


田舎を経験したことがない人たちが、ここでの生活を体験できるようになっているんだ。



その中の一環として、ムリに豪華にしていない普段通りの漁師飯をあじわってもらう企画がある。


その家に出向くか、食事をゲストハウスに持ち込むかは、宿泊客が選べることになっている。



もしこれでさ、届けることになって、行ったが最後…悪だくみしてしまうお客さんだったらどうしてくれるの?


そんなところに若い女一人行かせるって、神経が分からない。



美湖だったら・・・。

彼女を溺愛しているお父さんが怒りそうだなって勝手に想像してしまう。



”どこの馬の骨とも分からない男どもが居るかも知れんのに、行かせられない!”…とかさ。




・・・・


私だって両親に愛されているっていうのは知っている。


いつだって両親は私に手を差し伸べてくれた。


でも、何でか昼間のお父さんの悲しそうな表情が重なって、自分への愛情は偽物なんじゃないかって疑ってしまうんだ。



コーヒーと紅茶。


この違いだけでも私は敏感に察知して思考を廻らせ、事を大きく考えてしまう。



ハア、勉強のしすぎかもしれない。


今夜は諦めて早々に寝ることにした。

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