第47話

定期演奏会はそのまま出演を降りたらしい。


お世話になった三年生を送るって意味合いもあったのに、賢人たちには可哀そうなことをした。



でも、ペダルが壊れてしまった今、前のように叩くことは出来ないんだ。


苦手の形のものを買ったとしても、それに慣れるには膨大な時間を要する。


少なくとも、数年はかかると思う。


いや、もしかしたら前みたいな感覚は戻らないかも知れない。



新しく迎えたペダルの形状で出来るプレイは、踏み込む形が変わってしまうだろう。


その中で元のように叩ける自信なんてなかった。



でも、ドラムをやめるっていう選択肢はないから、バンドメンバーに会いそうもないところのスタジオに入って練習していた。



受験勉強と平行線で、失くしてしまった感覚を取り戻そうと必死になって、春休みに実家へ帰る予定を取りやめた。




三年生になって、賢人たちは新しいドラマーを見つけて練習を始めたらしかった。


けど、上手くかみ合わないらしく、教室でひっそりと勉強に打ち込む私にもそんな噂話が聞こえてくる。




そんな日が続いていた放課後の事、賢人に腕を掴まれて拉致された。



よくメンバーで行ってたファーストフードに連れて行かれ、オーダーも勝手に決められてしまう。



「何よ急に。ってかさ、お腹空いてないんだけど」


「いいじゃん、持って帰れば」




そうだ、賢人ってこういう人だった。

自分が好きなものを人に押し付ける人。



その強引さが懐かしくて少し笑えた。季節はもう暑くなるころで、夏休みが控えている。



「あのさ、ドラム叩いて欲しいんだけど」


話しがいきなりすぎてコーラーをブッと噴き出した。


「きったねえな・・・」


「なに、急に」


「新しい奴がさ、なんか、違うんだよね」



そんな事、急に言われても困る。

それに私だってもうあの頃のようには叩けないんだ。


私が戻ったって”なんか、違う”ってなることは目に見えてる。

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