第39話

「今日は本当にありがとうね、お兄ちゃん」


「ん」


助手席に座っていた私が、運転している海生にお礼をいうと、兄様は短く返事をした。



なんだか、こんな会話をその他大勢に聞かれるのが恥ずかしかったから、後ろの人達が寝静まったころを見計らって言ったのもあって、その表情は見えなかった。


市内をとっくに出て、高速道路にのって暫くしていたこともあって、車内は暗くお互いの表情は見えない。



後ろの住人たちは疲れてしまったのか会話が無く静かだから寝ているんだと思う。



それにしても、来る時より少し大き目な車になってしまった。


帰りは賢人や穂谷の彼女さんたちも乗ることになったからだ。




「良かったな、思い出ができて。これで受験に向けて勉強に専念できるな」


「ええ?」


「約束忘れたわけじゃないよな?三年になったら学校以外の音楽活動は控えるって約束だろ?」


「も、もちろん。覚えてますってお兄様」


「ホントか?携帯置きっぱにしてもばあちゃんに確認してもらうからな」


「えー?」


そこまでしなくてもいいじゃんって思うけど、あのトークメッセージを見られた一件で、私に対する信用は皆無になってしまったのだろう。



見られないことを言いことにふて顔して遊んでいたけど、小さく笑う声が聞こえてきた。


きっとナビの光で私の表情が横目にでも見えたんだろう。



その光を見つめた時、表示されている時刻が何気なく目に入った。


「・・・あ、忘れてた」


まだギリ間に合う。かばんをガサゴソさせて用意していた小箱を出して見せた。


「これ、作ったの。あとで食べてね」

「・・・あ、チョコ?…もしかして手作り?」

「うん。味は保証しないけど」


「いや、味とかじゃないから。――――あいつらにも配ったの?」


「まさか」キモがられるもんって言葉は心配されそうだから控えておいた。



「そうかっ」

言葉は短いけど、なんだか嬉しそうな声に聞こえる。


私とじゃ座高の高さが違うから、その表情を見ることは出来ないけど、薄暗い中にも、口元が優しく弧をえがいているように見えた気がした。



なんか・・・変なの。妹ってそんな位置だっけ?


まるで、好きな人から貰うような口ぶりだし、なんとなくそれから会話が増えた気もした。



「それにしても、すっげー楽しそうな顔してたな。小さいころもよくあんな表情してたよな―って思い出してたわ。今でも変わらずなんだって思ったら、なんか安心した」


「うん、今日は特にね、楽しかった」




本音を言えば、ここ最近はステージの上であんなに楽しめたことは少なくなっていた。


市内のステージに立てば対バンに負けたくないって意地しかないし、学校ではやっかまれてドラムが叩けなくなる事態に発展しては嫌だからと目立たないようにしていた。



今日みたいな笑顔は彼女たちの前では御法度なのだ。


でも、今日は後から何かしらの嫌がらせを受けてもいいやって思えた。



それに、学校でやる定奏会と違って終わってからすぐに呼び出しをくらうなんてこともないし、時間が経てば彼女たちの怒りも続かないんじゃないかって安心もあったから。



「癪だけど、随分とまた腕を上げたんだね」



海生は、正直言って音楽のことをあまり良くわかっていないけど、そうやって褒められると嬉しい。


小さな頃からずっと見守ってくれていた人だからだと思う。


「ありがとう」


恥ずかしかったけどお礼を言った。


そうしたら、大きな手が頭を撫でてくれる。


その大きな手に触れたくなって手を伸ばす。


昔みたいに手を繋ぎたくなったんだ。



「おい、運転中」


「ずーっと真っ直ぐじゃん」



子供の時みたいに我儘を言うと、深いため息が聞こえてきたけど



その後も暫くは手を離さずに握ってくれていた。

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