第30話

このペダルは、私の地元で長年愛されていたもの。


その中に、小さな頃から仲の良かった夫婦がいて、一緒にバンドを組んでいた人がいたんだけど、その奥さんが早死してしまったんだ。



その奥さんは、定年後にまた夫とバンドをしたいと、遺書のようなノートに書き記していたんだって。


海外で、難民救助の為の活動をしていたその女性は、寂しい思いをさせてしまっている夫と、絆を紡ぎ合いたいという言葉を残してた。



私は、幼いころからその話を聞いていて、なんだか感銘を受けたんだ。


その人が特に気に入っていたペダルを通して、色んな景色を見せたくなった。



最初は、就学前の村祭りの余興で、その次は街で行われる市民発表会、成長するにつれて会場が大きくなっていき、そうして今回は500人収容可能な本格派ライブハウス。


高校生のうちにそのステージに立てるだなんて、ほんと、ラッキーだと思う。



これから、受験モードに入って少しの間お預けになるけどさ、今日という日をきちんと噛みしめて挑めば、また新たなスタートが切れるのではないかって思えるんだ。



「もしもし、ってか、ラインでいいべや。うっぜーな…。あ?うん、いま出たとこ…、えマジで?」



賢人の会話に皆が耳を澄ませていた。


何かと思えば、賢人と穂谷の彼女さんらが予定していたホテルに泊まっていたのだそうだ。



「…帰り、どうすんだ?その子ら」


「・・・賢人?彼女さんたち帰りどうするの?」


「知らね、聞いてない」


「――――もしあれだったら、もうちょい人が乗れる車に替えるから、聞いといてくれな」


「はい!聞いときます!すみませんっ」



またミヲお兄様のお金の負担が増えるな・・・。

ごめんなさい、お兄様。



「お兄ちゃん、ごめんね?」


「お前が気にすることはないよ。別々に帰らせて、何かあったらやだから俺がそうしたいんだ。気にするな」


「うん、ありがとう」



お兄ちゃんの大きな手が私の頭をなでなでする。


みんなの前だから、ちょっと恥ずかしいけど、久々の手の感触が懐かしい。



漁師になるはずだった、ごつごつとした手。


何となく孤立してしまいがちな私を、その手が迎えに来てくれたよね?



家族の集まりの中でも疎外感を感じてしまう私を迎えに来て、みんなの輪の中へと戻してくれた。



私はそんな小さいことでも、泣いてしまうほど嬉しかったんだ。


自分だけが感じていた違和感を、海生だけが理解してくれてるのだと。


だから兄弟の中でも、このお兄ちゃんは特別な存在だった。

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