第12話 記憶を失くした狼藉者

それから自室へ戻った私は、気を失うように眠ってしまっていたようです。翌朝目覚めると、私の腕の中には先生の著作がありました。


早く続きを読みたいのをどうにかこらえ、朝食の支度をすべく、台所に向かいました。


・・・


台所に立っていると、唐突に響いたくしゃみの爆音で、私は飛び上がります。



「ばえっくしょい!」


「ヒィッ!…先生、お早うございます。」


「ああ、おはよ…っくしゅん…」


「か、風邪でも召されたのですか?」



嗚呼…昨夜せっかく窓を閉めに戻ったというのに、先生は体調を崩しておられるようです。まったく、どれだけか弱いお身体か…。



「ナニ、そこまで酷くはないのだ。今日は、これまでだったら確実に風邪をひく冷気だが、不思議とそこまでじゃあないのさ…僕も少しは体が強くなったかな?」



先生はどこ吹く風といったような、のんきなお顔で鼻をかみます。



…それはあまりにも、いつも通りの先生でした。もしや、昨晩の事について何か切り出されるかと緊張していた私は、かくんと力が抜ける心地になりました。



「そうであれば、大変宜しいことですわ…。」



兎も角、本人曰く『どうにか風邪は免れた』ということで、私の努力も少しはお役に立ったのでしょうか。



「ね、白湯をいただいても?」


「ああ、すぐに用意いたします。」



・・・



「う、美味い。白湯がこれ程美味いものだったとは…」


「それだけ弱って居られるのですよ。」



大層有り難そうに、しみじみ白湯を味わう先生を見ていると、本当にこの人は昨夜と同一人物なのか、大変疑わしく思えてまいります。よもや、二重人格なのではなかろうか。私は思わず、目の前の先生を凝視しておりました。



「…」


「どうした?」


「イエ、何も…」



きょとんと目を丸くする先生を見て気持ちが緩んだのと同時に、本音が漏れ出ておりました。



「昨晩の事、何か覚えていらっしゃいますか。」



え、と顔を上げた先生のお顔は余りにも無防備です。私の胸は、ズシンと重くなりました。先生は、私に接吻しかけたことをすっかり覚えていないのだ。私にとって人生最大の重要事件となった、昨日の出来事は…先生にとっては『お酒の所為』でしかない、取るに足らない出来事だったのだ。



私の表情が暗くなったのを見、首を傾げた先生を見ていると、私自身の心がひどく醜いもののように思われます。私はそっと目を伏せました。先生は突然、思い出したように呟きます。



「そういえば…酒瓶が空になっていた。」



私の心臓はバクンと跳ね上がりました。それと同時に先生は、眉間に深い皺を寄せます。



「…玉雪君。」


「ハイ。」



先生は気難しいお顔で手を組み、あたかも重要なお話をするみたく身を乗り出します。



「状況を鑑みるにつけ、昨晩僕はひどく酔っぱらっていたようなのだが…君の方こそ、昨夜の僕について…何か知らないか?」


「え…」



私はぽかんと口を開けました。昨夜、否、今この瞬間を含めてあれほど人の心を揺さぶっておきながら、『自分が何をしたか一切覚えてないから何か知らないか』とは…よくもまあ言えたものです。私の腹の虫は、怒りでジワジワ疼き始めました。とはいえ、この場において主導権を握っているのは、間違いなくこの私。私は、先生にやや高圧的な視線を向けました。



「『何か』とは、具体的にどのようなことですか。」


「え、いや…僕の態度とか、言動とか……」



急にしどろもどろになった様子を見るにつけ、何か思い当たるふしがあるのかもしれません。



「態度や言動?うぅん、どうだったかしらん…もっと、具体的に尋ねていただかないと。」


「うっ…では、昨晩何か僕から…ふ、不埒な事をされてないだろうか。」


「ふらち?」



『ふらち』の意味を知らない私が間抜けな声を上げると、先生は『うぅ』と唸りました。 



「何でも良いからこう、普段の僕なら絶対しないような下賤な行為だよ。」


「あ、そうですか。ふらち…うぅん。」



『普段の先生ならしない行為』なんて、昨晩は有り過ぎる程でした。むしろ有り過ぎるどころか、全てがそうでありました。


しかし、取り立てて先生から何かなされたか?と聞かれると、何もなされていない様な気もします。もっとも、実際の行為には及ばなくとも『接吻未遂』は、十分に私の心を乱すに足るものでしたが。



「接吻…」「何ッ!?」



私が思わず呟いたのとほぼ同時に、先生は椅子から飛び上がりました。



「ぼぼぼ僕は…酔った勢いで接吻したのか、君にッ!」


「お、落ち着いて下さいな。」



宥める努力の甲斐空しく、先生はますます半狂乱の沼へ沈んでゆきます。



「誰が落ち着いていられるかッ!接吻だぞ接吻!!」 


「何もそこまでご乱心なさらなくとも!」


「否、むしろどうして君は、平然としているのだッ!!」


「どうしてって、そりゃあ…」「そりゃあ?!」



『未遂ですもの』と言いかけた私でしたが、先生のあまりの乱心ぶりに、もし今『接吻された』と嘘を吐いたらこの人は一体どうなるのかを見てみたいような気にもなりました。


しかし、先生は十中八九、更なる乱心を極めるだけでしょうし、ご乱心の先生は正直なところ、見飽きておりました。流石の玉雪も、もうお腹が一杯なのです。何より先生に対する怒りもやや収まったところですし、私は正直に事実を述べる事と致しました。



「なぜって…接吻なんぞ、されておりませんもの。」


「え?本当か…?」


「エエ。」


「き、きっとだね??」


「私、嘘は吐きませんのよ。」



先生は訝しげな表情でようやく席に戻りましたが、その安心したような様子は、なぜだか私に不快を呼び起こしました。それから少しばかり、私が冷たい表情のまま黙り込んでいると、先生はきまり悪そうに、自身の過去を語り始めたのです。



「僕は学生時分よりひどく…酒癖(さけぐせ)が悪くてね。」


そんなことは、百も承知でございます。私は黙って頷きました。先生も軽く頷き返します。



「恥ずかしい話だが…僕は一定量飲酒が過ぎると、どうも、何というか…『可笑しな感じ』になる様で。」


「『可笑しな』。」


「アアアアア」



もっとも触れられたくないであろう箇所をわざと強調すると、先生は顔を真っ赤にし両手で覆いました。先生は間違いなく、これまでにも誰かの前で意図せず妖艶な美青年に変貌し、またそのことで幾多の厄介事を引き起こしてきたに相違有りません。



「…酔いが深ければ深いほど、酔っていたであろう時分の記憶を無くしていて…、そのせいで、色々な人から責められてきたものさ。」


「…」



先生は何とも哀愁漂う笑みを浮かべ、白湯を一口飲みました。確かに、覚えのない行いを責められるのは、多少つらいものがあるでしょうが…そもそも泣きたいのはこっちの方なのです。私は少々、意地の悪い気持ちになりました。



「『色々な人』って…おおよそ女性ですわね。」



先生は身体をびくっと強張らせ、しずかに湯呑を置きました。



「どうしてそう思う。」「勘です。」「勘……」



先生は、それ以上を語らない私の本意を探るような目をしましたが、すぐに諦めたように息を吐きます。



「…何でもお見通しだね君は。まあ、少なからず君には迷惑をかけた気配がするし…今さら隠しても仕方がない。…泥酔状態に陥った僕は、どうも他人に『馴れ馴れしく』なるのだが。」


「はあ。」


「目覚めたときには見知らぬ人の家だったり、『知り合い』なる見知らぬ人たちに押しかけられたり、色々な人から謎の婚姻関係を結ばされかけたり…昔の話とはいえ、当時は本当に困ったものだよ。」


「婚姻とまではいかなくとも、押しかけてきた『女性』たちと、それをきっかけに親しくなったことなどもおありなのでは?」


「真逆ッ!鏡じゃあるまいにッ…エホン、そもそも急に押しかけてくるような『知らない人』らと親しくなどできるはずがない。」


「それにしても、わざわざ再び会いに来るなんて、その女性…もとい『知らない人』たちは、余程酔っぱらった先生が気に入ったのですね。」



何の気なしに言ったことでしたが、先生はなぜか慌てふためきます。



「違うのだ、玉雪君。酔っぱらった僕とはいえ、決して誰彼ともなく口説きまわるような破廉恥漢ではない…はずなのだよ。酒が回れば、異性に対しても多少饒舌になったりはするかもしれないが…決して誰とも一線を越えた事はない。酔いが回るとどうも、見知らぬ人にひょっこり拉致されやすい体質であるというだけで…。」


「先生、何をそんなに必死になっておられるのです?」


「え?」


「『一線』って、何ですの?」


「え…?」



先生は私が余りにも間抜けな顔をしていたのに呆れたのか、どうか忘れてくれたまえと云いました。そこでようやく私は、椅子の背に深く腰掛けた先生の御顔色が、ひどく青いことに気が付きました。完全に失念しておりましたが、先生は昨晩から体調を崩しておられるのです。



「先生、お顔が真っ青ですわ。もう一度お休みになって下さいな。」


「いや、別に大丈夫さ。」



先生はひらひら御手を振りますが、額には脂汗も浮かんでいます。



「大丈夫ではありません!」



昨晩せっかく、一度入った布団を出てまで慮ったお身体を…。唐突にメエド根性が疼いた私は、サッと懐から手拭を取り出し、先生に近づきました。そのまま、額の汗をぬぐいます。



「失礼します。」「おわッ!何をする!」


「…先生はもっとお体を大事になさらなくてはなりません。」


「…。」



私の声がとても落ち着いていたので、先生も黙り込みました。



「先生がご病気になったら、私が悲しまないとでも?」


「す、すまなかったよ。じゃあ、もう一度眠ってくるから、その…」



少しの逡巡の後、先生は「離れて、くれないか」と言いました。


昨夜は自分から、こっちへ来いとまでいったくせに。お酒のせいとはいえ、あまりに身勝手ではありませんか。それに、これは介抱の一環なので、やめる訳にはいかないのです。私はわざと身体をさらに近付け、なおも手を止めませんでした。



「…汗が止まりませんわね。」


「君がやめないからだろう。」


「まさか、緊張してらっしゃるの?」



冗談で口にすると、先生は怒ったように目をそらしました。



「…するにきまっている。」



てっきり先生が、『しているものかね!』などとふんぞり返ると思った私は、やや意表を突かれました。しかし、からかいついでに、私は昨夜からの疑念を本人にぶつけることにいたしました。



「先生、本当は女の人慣れしていますね。」



先生は思い切り眉をしかめます。



「そんな筈無いだろう、そもそも外出が怖いんだぞ?」


「天性ならば、余計に善くないですわ…」



あの人たらしの美青年は、酒に酔ったときだけ現れる本性ということなのかしらん…しげしげと先生のお顔を見ていると、とうとう耐え難くなった先生は、私の手を振り払いました。



「も、もういい!」



しかし、私も負けてはいられません。反対に先生のお手をはっしと掴み、驚嘆の意を込めなおもそのお顔を覗き込みます。



「…本当に、昨夜と同じ人間なのかしらん?」



玉雪の手を振り払う力を持たない事を、昔から嫌という程知っている先生は、お手を掴まれたままという情けない姿も厭わずキッと鋭く私を睨みつけました。



強い眼で射る様に私を見つめ、先生はお尋ねになるのです。



「本当のことを言いなさい。昨晩僕は、君に『何か』をしたのだね。」



中々口を開かない私に、先生は、ごくりと唾を呑みました。



「どうか教えてくれ。」



「覚えていないお方に言ったところで、もう後の祭りでございますが……私はとても…心を乱されたのですよ。」



先生は、苦虫を噛み潰したような顔になりました。



「…続けてくれ。」


「なにせ、『初めて』だったのです。」


「…。」



突如、先生のお顔は一瞬で能面みたくなりました。しかし、私はそんな先生を捨て置いて走り去りました。なぜだかひどく、走り去りたくなったのです。



「初めてだったのですよ、あんな先生と出会うのは…。」



勢いで部屋に戻った私は、お布団を頭から被ってうずくまりました。そして、そのまま再び眠ってしまったのです。



・・・



深い眠りの中、どこかから響くガタゴトバリバリなる奇怪な音が、私の目を覚ましました。どうやら、先生のお部屋から響いてくるようです。



「どうしてお休みでないの…。」



居間でお別れした際、ほとほと弱り果てていたはずのお身体で、一体何をなさっているのか。私は、まだ醒め切らぬ眼を擦りつつ、先生のお部屋へ向かいます。



・・・



「一体全体、何をなさっておいでです?」



ドアーをノックし呼びかけますが、中のバリバリガタガタなる騒音に掻き消され、私の声は一向に伝わる気配が在りません。



「先生ッ!」



激しくドアーに叩きつける拳からそろそろ血が滴るかと思われた頃、ようやく音が止み、ドアーの向こうにぬんと人影が映りました。すると、ほんの少し開いたドアーから、先生は至極小声で何やら申しておられます。



「…僕は今忙しいから、話は手短に頼…「失礼致します(ガチャ)」「わわ、こらッ!君はまたそうやって力ずくで…ッ」



ほんの少し開いたドアーに全身を捻じ込み、赤子の手を捻るより易く先生の全力を突破した私を、先生はどこか悔しそうに睨め付けます。力比べの後の先生のこうした表情は、最早見慣れたものでありました。


確かに、先生の意思に反して力で押し切る方法は、やや同義に悖(もと)ります。しかしこれまでの経験を踏まえ、このような力比べで私に勝るとほんの少しでも考えた先生にこそ、落ち度があるというもの。あの微かなドアーの開きは、言わば間違いなく先生の甘さそのものでありました…。



ともあれ、先生のお部屋へ侵入もといお邪魔した私は、変わり果てた中の様子に驚きを隠せませんでした。



「これは一体、何事ですの!?」


「…。」



先生のお部屋の中は、本やら家具やらお召し物やらの一切合切が、ギュウギュウ中心に集められていたのです。それはもう、今にも先生は屋敷を去らんとするかの様でした。


唖然とする私に、先生は酷く投げやりな様子で言い放ちます。



「見れば分かるだろ。今すぐにでもここを出ていくのさ。」


「き…急に…どうして。」



間の抜けた声を上げるしかない私を、なぜか先生は、逆に信じられないものを見る様に見詰め返すのです。



「どうしても何も、君…ッ!」



先生は一度お口をパクパクと開閉し、ずはあ、と非常な音で思い切り息を吸い込みました。



「ぼ、ぼっぼぼ僕は君に……外ならぬ君に、取り返しのつかぬ狼藉もがもがもごッ!」


「せ、先生落ち着いて!一体何をおっしゃっているのかとんと分かりません!」



先生ははぁはぁと胸を抑え、眼を白黒させながら言いました。



「僕は、泥酔状態で君を蹂躙…こともあろうに玉雪君を…弄んだのだぞ…。」


「…つまり?」


「つまり…ってそのままの意味だが。え…僕は酒に酔った勢いで、身勝手に君を弄んだのだろう?」



だろう?と聞かれても。状況が判ぜぬなりに、私は状況を整理しました。



「エエト…昨晩私は、先生の様子を見に来て、お酒に呑まれている先生と遭遇して…」


「遭遇して?」「遭遇して……」「ああ、それで?」


「…。」



時系列としては丁度この辺りで、井形玉雪人生史上最大の歴史的事件『接吻未遂』が勃発しており、その主犯は外ならぬ先生なのですが、意味ありげに話を止めたに関わらず、先生はまったくもって記憶を取り戻されません。


そればかりか、先生は陸に上がったタコのように、しゅんとしぼんでゆかれるではありませんか。私は苛立ちを覚えつつ、話を続けることにいたしました。



「エー、一旦ここを出て、けれども窓が開いていらしたものでまた戻って、窓を閉めて……」


「ほう…?」



もちろん『二物』を拝借した事は伏せまして。



「窓を閉めて、自室に戻って、眠ったのでございます。」


「………。」


「以上でございます。」



先生は至極神妙な面持ちのまま、彫像のように硬直されておりました。



「待て。窓を閉め、自室に戻って眠……えッ、ねむっ…た?」



僭越ながら、このやり取りに一向に意味を見いだせない私は、いよいよ不躾に「ハイハイ、ねむっ…たのですわ。」と言いました。


なぜならば、私は眠かったのです。死にそうに眠いのです。モウ頭が痛くて吐き気も致す、重度の眠気で御座います。



「アーーーそうか眠ったか、眠ったのかねそりゃ結構…じゃないッ!話が違うぞ!!」


「な、何がです…?」



先だっては青かった先生の顔は、いまやなぜだか真っ赤っ赤です。



「『初めて』だと…君は確かにそう言うたではないか……」


「それは、『あんな状態の先生を拝見するのが』という意味です。」


「どうしてそんな重要な主語を省略したのだッ!」


「重要?」


「分からん…!どうして君はそう…非情な事を無意識下に為してしまうのだッ!!」


「も、申し訳ございません…?」



眠気と困惑で頭がグワグワとする中、私は一つの疑問を禁じ得ませんでした。


このお方は、今にも死にそうに白湯を拝んでいたのではなかったか…。それが何の因果でお引越ごっこを始めた挙句、自分より健康な人間を糾弾しているの…。


夢の世界へ片足を突っ込んでいた私は、先生の大声で謎の修羅場に引きずり戻されました。



「もう埒が明かないから、この際ハッキリ問わせて頂く!」


「は!?」


「淑女に働く斯様な無礼を、後生お許し願いたい。…が然してこれは、君だけの問題ではなく僕の今後の人生並びに、我々二人の関係性に関わる喫緊の命題なのである玉雪嬢ッ。」


「ふぁ…あ、失礼いたしました。」



私の欠伸を目撃し、先生は明らかに一瞬不快な表情を見せましたが、あ゛あ゛ッ!と大袈裟な咳払いをし、高らかにお尋ねなさいました。



「君と僕とは昨晩、体を重ね……あーこれではきっとまだ駄目だ、ええ畜生!せ…性交渉を持ってはいないのだね!!」



…農村の夜明けめいた静寂(しじま)が帝都の一角にも生じ得る事を、私は生まれて初めて知りました。



「性、交渉…」「ああ。」



性交渉って、所謂、その。嗚呼。大人同士の。



虚空を見つめる私に対し『何か』を捨てたらしき先生は、幼子のような純真な瞳で問い続けます。



「ああそうさ、性交渉、僕ら二人の間のね…あ、それとももしや、更なる言い換えが必要かね?少々生々しくはなってしまうが…こうなった以上、作家の端くれとして死力を尽くす所存だよ。」


「め、滅相もございません…さすがに分かっておりますとも!」


「で、どうなんだ。是か非か…。」



先生は苦り切った顔で何かに怯えているようです。もう、一体何だというのかこの人は…。カアと頭に血が上り、私は高らかに言い放ちました。



「勿論、非ですわ否ですわ!非否、非否否ですわ。」


「そ、そうか…!ひいな、ひいないなか!」


「エエ、エエそれはもう。ひひ、いないないなにございますッ!」



半ばやけになっていると、先生は藪から棒にウオオオと歓喜の雄叫び声を上げます。その両目からは涙がほとばしり、さらに『有難う、有難う』と連呼しながら私の手を取り、涙塗れの手を何度も擦りつけてくるのです。

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