物語は師走になってから始まる⑦
「なあ亀山、家に帰らないのか?」
「だって鈴木とゲーセンに行く約束をしたから掃除が終わるまで待たないと」
「そんな約束をしたか? それに、下校中のゲーセンは禁止のはずだぜ」
「げ、そうでした」
「お前、口が軽いな」溝口は笑った。
「保健室に遊びに行こうかな」
「保健室は遊ぶところじゃあないぞ」
「僕もそう思ってました。でもみんな遊びに行ってますよ」
「そうなのか。
「何ですか、嘆かわしいって。難しい言葉」
「情けなくて、残念だ、みたいな意味だ。詳しくは辞書で引け」
溝口は「嘆かわしい」と指を使って空に書いた。亀山はどこまで理解したかわからない。しかしそれで亀山の追及は一旦おさまった。
二人揃って職員室に入っても良かったのだが、少し躊躇していると
宮嶋もまたホームルームを終えて職員室に戻って来たようだ。
宮嶋は、立ち話している格好の溝口と亀山に軽く会釈して職員室に入って行った。正確には溝口に挨拶したのだろうが、亀山は自分にも挨拶してくれたと誤解して、大きな声で職員室に消えようとする宮嶋の背中に向かって「お疲れ様です」と挨拶した。
何が「お疲れ様」なのかわからない。時に亀山は誰かの真似をするから、溝口は無視することにした。
「最近の
「ほう、どういう風に?」違うのかと溝口は訊いた。
お前でも雰囲気の違いがわかるのか、と溝口は新しい発見をしたような気になった。亀山は雰囲気など理解できないと思っていたからだ。
「スカートの丈が長くなりました」
「それは最近寒くなったからだろう?」
意地悪く溝口は言う。そのことは溝口も気づいていたのだ。以前宮嶋は、時に大丈夫かと心配するくらい短いスカートを穿いたりしていた。それが最近めっきり少なくなったのだ。
「そうなのかなあ」亀山は納得できない様子だった。
「て言うか、お前、そういうのを見ているんだな」
「みんな見ていますよ。溝口先生も見ていますよね?」
「俺は職員室でもすぐ近くだからな」と溝口は言い訳するように言った。
「保健室に行きたいな」突然亀山は言い出した。
「一緒に行ってやりたいところだが、掃除が終わったら掃除当番が職員室に来るから俺は職員室で待っていなければならない」
「やりたいことができないなんて辛いですねえ」
「そんな、大げさな話ではないだろう」
溝口は笑った。亀山も笑ったが、その理由が溝口に共感したからかどうかはわからない。亀山の思考回路は永遠に謎なのだ。
亀山をやり過ごして職員室に入った溝口は雑用を処理することで時間を潰した。
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