物語は師走になってから始まる⑥

 公立中学の数学授業は単調だと溝口みぞぐちは思う。残念なことに溝口を唸らせるような優秀な生徒はいなかった。

 自分の生徒時代にはお目にかかったことのないほど理解力がない生徒を多く見かける。

 そしてそれより溝口を驚かせるのが発達障害まがいの生徒だ。空気が読めないどころか、話が通じない場面が多い。

 しかし初めは手を焼かせた彼らとの付き合いが最近は程好い刺激になっている。彼らは時に常識では考えられない発想をする。それが新鮮で刺激的なのだ。

 下校時のホームルームが終わり、掃除当番の出番となった。多くの生徒が帰る中、ぐずぐず残って当番の生徒に話しかけ、掃除の邪魔をする者もいた。

 亀山かめやまがその一人だ。目を細めて笑いながら亀山はゲーセンに行こうと一人の生徒に話しかけていた。

 話しかけられた生徒のほうきは止まったままだ。

「亀山君、邪魔しないで」

 女子から非難の声があがる。

 溝口は、見物だと思ってずっと見ていたかったが、当然のようにそうはいかない。女子生徒の視線を浴び溝口は亀山に注意しなければならなかった。

「こらこら亀山、関係のない者はとっとと帰る」

「僕の教室なんですけど」

 亀山は何が悪いのかと開き直ったように見えた。もとより亀山に開き直る意思はない。

「亀山は掃除当番ではないだろう」

「だから掃除はしていません」

「掃除の邪魔をしているじゃあないか」

「してません、ほら」と言って亀山は両手を挙げて無抵抗者のようにアピールした。

「掃除当番の手が止まっているじゃあないか。そういうのを邪魔していると言うのだ」

「邪魔してませんよ。当番が掃除を続ければ良いのです」

 掃除の手が止まるのは自分のせいではないと亀山は言った。

「そこにいるだけで邪魔になるんだよ」

 亀山にわからせるために女子生徒に目配せする。女子生徒たちは揃って「邪魔、邪魔」と言った。

「じゃあ先生は邪魔してないのですか?」

 亀山は溝口のことを言った。確かに溝口は掃除当番ではない。

「僕も帰るから、さっさとここを出よう」

 溝口は亀山に促した。亀山は名残惜しそうに誘っていた生徒にさよならを言い、教室を出た。

 亀山は思ったことを口に出す。周囲の空気を読んで黙っていることができない。だからクラスの中では浮いていた。

 おとなしい男子は亀山の言いなりに近いから格好の遊び相手だ。

 しかし体格の良い男子や弁の立つ男子には使い走りにされたり、徹底的にやり込められたりしていた。

 女子の態度も二分だ。おとなしい女子は関わりを避け、お喋りな女子は亀山のする事なす事に言いがかりをつけた。

 こうなると可哀相な生徒なのだが、亀山自身が何も感じないので平気だ。

 毎日同じ光景が繰り返されていた。生徒たちもそれが当たり前と思っていた。

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