物語は師走になってから始まる⑧

 やがて掃除当番が掃除の終了を告げに来た。溝口みぞぐちは教室に同行して掃除のチェックを行った。

 今日は亀山かめやまを追い出した女子生徒がしっかりしていたので掃除に不備はなかった。

 当番がいい加減だとやり直しをさせることがある。そうなるとまた職員室で待機なのだ。

 しかし今日はその必要がなかった。生徒に帰るよう促した溝口は、その足で保健室に向かった。

 思った通り亀山はまだそこにいた。ゲーセンに一緒に行くはずの男子生徒は亀山を無視して帰った。

「亀山、まだここにいたのか?」

 あきれるように溝口は言った。しかし溝口が呆れていることに亀山が気づくはずもなかった。

 保健室は賑わっていた。年配の養護教諭と亀山以外に男子生徒が二人と国語教師の荻野おぎのがいた。

 荻野おぎのは溝口よりひとつか二つ歳上の女性教師で、特別支援学級の担当を兼ねていた。

 今保健室に来ている生徒のうち一人は明らかに自閉症の男子だった。坂田さかたという。

 そしてもう一人は溝口のクラスの男子で、溝口がボーダーの発達障害とみなしている生徒だ。亀山と同じく、空気が読めずクラスでは浮いた存在だった。そして知能は亀山より若干劣る。学校の成績は目立って悪くはない。しかし、亀山より不安を表に出しやすく、感情の起伏も激しかった。

 亀山は、何だかんだ言いつつ感覚が鈍く、普通ならば落ち込むような目にあっても全く気にならないのだ。亀山は本当に陽気だった。

「あ、溝口先生だ」

「どうした芝池しばいけ

 溝口は亀山と一緒にいる男子生徒に声をかけた。

 彼は芝池しばいけといった。芝池は不安そうな顔で亀山の傍らにいたが、溝口の登場でにわかに息を吹き返したように目を輝かせた。

「――良かったわ、溝口先生がいらして」

 年配の養護教諭はひと安心した様子でデスクワークに取りかかった。

 荻野は、へらへらしている坂田に宿題の指導を始めた。

 溝口が来るまで、そこでどのようなやり取りが繰り広げられていたかはわからない。しかし溝口の登場は明らかに場の空気を変えたようだった。亀山がニヤニヤして、溝口が芝池をどう扱うのか興味津々だと言いたげな顔をした。

「先生」芝池が口を開いた「オナニーはどうしたらやめられますか?」

 それが芝池の真剣な悩み事であることは彼の顔を見れば一目瞭然だった。

 亀山が細い目をさらに細めて笑った。

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