物語は師走になってから始まる④

 翌日、学校へ出勤して職員室で二組担任の貴家さすがに声をかけられた。

 貴家さすがは三十歳の理科教師で、毎朝必ず溝口みぞぐちに挨拶がてら世間話をするのだ。

 教師は基本的に個人業種だから教師同士で話し合うことは少ない。近くにいる教師と短い会話をするのが普通で、溝口自身も先輩教師と話をするのをわずらわしいと思っていた。

 しかし貴家は違うようで、彼にとって溝口は数少ない話し相手だった。溝口は仕方なく貴家の話に付き合うのだ。

「溝口先生は緑台みどりだい中の水澤みずさわ先生と知り合いなの?」

「彼女とは大学の同期です。貴家先生こそお知り合いですか?」

「地区研修で何度か一緒になったから知っているよ」

「なるほど、そうですか」

「同期とは驚いたね」

「僕もこっちに赴任して驚きました。すっかり変わっていたので」

「変わっていた?」

「今よりもっと痩せていて地味な子でした。それがあんな派手な女になっていて」

「ふうん、そうなんだ」

「水澤がどうかしましたか?」

「昨日、病院で君たちが一緒にいるのを見かけたものだから」

「貴家先生もいらっしゃったのですか?」

「職員会議でインフルエンザの予防接種を早くしろと言われただろ?」

「みなさん同じですね。僕たちもそうでした」

「二人で待ち合わせて受けに行ったのかい?」

「たまたま出くわしただけですよ」

「いいんだよ、隠さなくても。青春だなぁ、羨ましいよ」

 貴家はひとりで勝手に思い込み、感心していた。いつも物欲しげにしている。

 それだけ脂肪がついていれば十分だろうと溝口は思った。

 しかし、どこで誰が見ているかわかりやしない。特に貴家のような口の軽そうな輩に目撃されるとあらぬ噂をたてられそうで溝口はいい気がしなかった。

 下手をすると「ケバいお姉ちゃんとイチャイチャしていた」と吹聴ふいちょうされるおそれもある。今の水澤麗美みずさわれみは昔と違い一見するとヤンキーなのでイチャイチャするものではない。

 担任団が職員室に集結して来た。貴家は自分の席につき、溝口は解放された。

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